6.3. Story 1 招かれざる客


 Story 2 ネオ・アース

1 沙耶香とジュネ

 地球に向かうシップの中ではジュネが目を丸くしていた。
 リンの推力がどの程度かを知りたかった彼女はこう伝えたのだった。
「リン。操縦代わってみない?」
「えっ、いいの?」
「操縦の仕方はわかる?そこのナビゲーションスダンドに立って、そう両手を左右のパワーオーブに置いて、後は前へ進めって意識を――わっ、ちょっと。速すぎるわよ」

 ダークエナジー航法を採用したシップは元々かなりの速さを誇るが、そこに更なるスピードを与えるのが推力と呼ばれる操縦者自身の持つエネルギーだった。そのメカニズムは未だ完全解明に至っていないが、操縦者の体力、能力と深く関係しているらしく、能力が高ければそれだけ多くの力を引き出せる。だがその代償として、ハイパワーになればなるほど操縦者の体力もそれだけ消費する。
 ちなみにリチャードのジルベスター号は推力を最大限に引き出すための作りになっており、普通の人間が操縦する事は難しいと言われている。

 ジュネはリンが期待以上の力を見せたのに満足して「もうちょっとペースダウンしないと、着く頃には、へとへとよ」と声をかけた。
「あ、そうなの。初めてだからペース配分がわからないんだよ」
「このペースだとオンディヌのホスピタル・シップよりも先に着いちゃう。ま、いいか――ねえ、リン。結婚を約束した人の名前は?」
「沙耶香」
「じゃあまずは沙耶香の所に行くわよ」

 
 江東区S、喫茶『都鳥』、1983年10月31日、時刻は午後4時、この季節のこの時間になるとすっかり人通りが途絶えるこの辺りでは店を閉める時間だった。沙耶香は店の外で看板を片付けていた。

「ただいま」
「はい?……あ……お帰りなさい」
 沙耶香はリンに駆け寄ったが、リンと一緒にいる茶色のショートヘアにヘアバンドを付けたチュニック姿の女性を見て足を止めた。
「沙耶香。この人は《花の星》の皇女のジュネ」
「テレビ中継で拝見しましたわ。皇女様、地球、いえ《青の星》にようこそいらっしゃいました」
「ジュネでいいわよ。よろしくね。沙耶香。単刀直入に聞くけど、リンとはいつ結婚するの?」
「……そんな、まだ」
 沙耶香は突然の問いかけにリンをちらっと見て助けを求めた。
「だめよ。そんなんじゃ。早くしなさい。何やってるのよ、リン」
「何やってるのって言われてもさあ」
「この星ではどういうルールなの?男が女に申し込むの、それとも逆、求婚なんてしないの?」
「あ、あのジュネ様。何故、そんなにリン様と私の結婚を急かすのですか?」
「ふふふ、それはね、あなたが先に結婚してくれないと、あたしはリンと結婚したくないのよ。順番にはうるさいの、あたし」
「まあ、そういう事でしたの」
「いや、沙耶香もジュネも会話がおかしいからさ」
「何言ってるの。沙耶香はリンを必要としているから結婚する、あたしもリンを必要としている、どこがおかしいのよ」
「リン様。私もそう思います。リン様を必要とする方はたくさんいらっしゃるはず。この星だけに縛られてはいけませんわ。それに――」
「それに何?」
「親族が増えるって楽しいじゃありませんか。《花の星》の方がお身内になるなんて想像もしていませんでしたわ」
「これ、親族って言うのかなあ」
「沙耶香。わかってるじゃない。『あたしもリンを必要としてる』って言ったけど訂正ね。あたしはリンと沙耶香を必要としてるから結婚する」
「ジュネ様、仲良くやっていけそうですね」
「そうよ、沙耶香。もうすぐ連邦のシップが着くから真っ先に連邦員登録しなさいよ。そうすればいつでも話せるから」
「いずれはそちらにも伺いたいです」
「いずれ、じゃなくて、インプリントしたならすぐに行きましょうよ」
「本当ですか?嬉しいわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕はどうすればいいのかな?」
「ちゃんと聞いてたでしょ。沙耶香と結婚して、あたしと結婚する。沙耶香はあたしと一緒に《花の星》に行く」

 
 その日の夜8時、銀河連邦に向かった使節団が戻るという知らせに日比谷公園の野外音楽堂には出発時を上回る数の人が押し寄せた。
 夜空に大型シップの影が四つ現れた。先頭のオンディヌのシップから使節団のメンバーが重力を制御しながらゆっくりと降りてきた。

 
 野外音楽堂のステージの上で四人が手をつないで並び歓声に応えた。ジャンジルが一歩前に出て挨拶をした。
「地球。帰ってきたぜ。テレビで見てくれてたろう。本当はあれ以外にも色々あったんだ。でも全部おれたちが宇宙に出たから起こった事だ。おれたちだって宇宙を変えられる、誇りに思っていいんだぜ、地球、万歳」

 続いてネーベが前に出た。
「みんな、ただいま。ジャンジルが言っていた通り。あたしたちは銀河の一員としてやっていける。そりゃあ一人の力は小さいけど、力を合わせればできない事は何もないわ。一緒に行ったリンは早速連邦のソルジャーとして任務についてるの。すごいでしょ」

 アーヴァインの番だった。
「イエイ、さあて、ポータバインド見せちゃおうかな。『ヴィジョン、リン』」
 空間にリンの顔が浮かび上がった。
「ヘイ、リン。まだ《再生の星》にいるのかい?」
「うーん、それがさあ。君たちより早く帰ってきちゃったんだよ」
 そう言うとヴィジョンは”On Duty”に変わり、ステージの後方からリンとジュネが顔を出した。
「えー、どうなってんだよ」とアーヴァインは困ったような声を出した。「まあ、まずはあいさつ済ましちまおう。おれたちが見たもの、聞いた話、たくさんあるから楽しみにしてろよな。じゃあ、チコ」

 チコが恥ずかしそうに前に進み出た。
「ぼくは料理と雑用担当でシップに乗り込んだんですけど、ソルジャーになるという夢ができました。リンみたいなすごいソルジャーを目指して頑張りたいと思います。リン」

 リンがジュネと一緒に前に出た。
「えと、こちらはテレビで見て知ってる人も多いかと思うけど《花の星》のジュネ皇女です。挨拶したいそうなので――ジュネ、どうぞ」
「《青の星》の皆様、ごきげんよう。《花の星》の皇女、ジュネ・パラディスです。このように皆様に接する事ができ、非常に嬉しく思っております。これからこの星は私の第二の故郷。助け合っていきましょうね」
 大歓声の中、ジュネはリンに意味ありげな微笑みを送った。
「皆様、空に浮かぶ大型シップ、おわかりになりますか?これからあの連邦の調査船がこの星を調査する予定になっています。ノノヤマさん、降りていらっしゃいよ」

 
 一隻のシップから風采の上がらない男が降りた。
「ご紹介に預かりました銀河連邦のノノヤマと申します。早速、この星の調査を行わせて頂いた結果をお伝えしますが、結論としては正式な連邦加盟は見送りという事になりました」
 会場がややざわめいた。

「今回の申請で正式加盟に至らなかったその原因は、原始的破壊兵器保有の問題、それらを保有する国の力があまりに強大で、星としてのまとまりに欠けるという点にあります。しかしながら個々人には門戸を開放しておきたい、この星の何箇所かに常駐の出張所、恐らくはどこかの海の上空になると思いますが、そちらで希望をされ、なおかつ審査に受かった方にはインプリントを行い、銀河連邦民としてお迎えしたいと考えております」
 若干複雑ながらも会場には安堵の空気が広がった。

「何故、限定した形でインプリントを行うかについては、現在この星で行われている経済活動を圧迫しないようにという配慮もあります。ならば技術を供与してくれればいいではないか、というお考えもあるとは思いますが、それについてはもうしばらくお待ち下さい。当面は技術交流という形で連邦の持つノウハウの中で経済活動に直結しないもの、例えば貧困、医療、これらに限定して全面的に援助を致します。そして復興、この東京が帝国により破壊されたと聞いておりますが、その復興を最優先でお手伝い致します」

 ここでノノヤマは言葉を切り、会場の反応をうかがった。
「ご質問等おありかと思いますが、今後は連邦の人間が常駐致しますので、そちらまでお気軽にお問い合わせ下さい。定期的なヴィジョン放送も考えておりますし、常駐の出張所の場所については決定次第アナウンス致します」

 
 翌日、連邦の定期放送を行うテレビ局には日本、アメリカ、フランス、ドイツのキー局がそれぞれ選ばれ、出張所として日本の東京湾上空、アメリカのアッパー湾上空、イギリスとフランスの間のドーバー海峡上空が選ばれた。
 銀河連邦との交渉を優先的に進めようという国々の積極的な売り込み工作が水面下で繰り広げられる事なく、まずは妥当な結果に落ち着き、各国は胸を撫で下ろした。

 
 各国の新聞の見出しは以下の通りだった。

『日本政府官房長官談話』
 今回の決定は我が国が宇宙進出についての主導的な役割を引き続き担っていけるだけの実力を持つ事に対する正当な評価として真摯に受け止めたい。

『アメリカ合衆国ニューヨークタイムス』
 今回の決定は喜ばしいものだが、我が国が長年培ってきた宇宙に対する取り組みのノウハウを持って指導的な役割を果たす事により、それが更に加速度的に推進すると信じて止まない次第である。

『西ドイツシュピーゲル』
 我が国は全面的に連邦の方針に賛成する。これは国単位ではなく地球という星を挙げて取り組みべき課題と考える。

『ソヴィエト連邦タス通信』
 ようやく我々の主張が認められる時が来た。連邦の主張はすなわち共産制への移行を意味するものであり、我が国はこれを最大限に評価する。

 

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