目次
1 囚われの英雄
シップが連邦府に戻った。リチャードがシップから降り立ち、縄で体をぐるぐる巻きに縛られたリンとコメッティーノが続いた。ポートの係官が連邦府治安維持隊に連絡を入れ、すぐに担当者たちがやってきた。
「海賊コメッティーノを捕縛したのはあなたですか。シップはダッハ殿の物のようですが」
リチャードの顔も事情も知らないらしい一人の係官が尋ねた。
「訳あってこの船に同乗していましたが、この男たちが乗員を全員殺しました。私は隙を見てこの二人を捕縛したのです」
リチャードが答え、話を聞いた人間が別の男に確認した。
「ダッハ殿には連絡がついたか?」
「はい、連絡しましたが、『今はそれどころではない。大事な客人をお招きしている』の一点張りで取り付く島もありませんでした」
「仕方ないな。後でまた連絡しておけ――とにかくご協力感謝致します。この男たち、一人は見かけない顔ですが、手強い海賊で捕まえられなかったのです。賞金が出るはずですのでIDと名前を確認させて頂けますか?」
「いえ、連邦民として当然の行為です。辞退します」
「ふむ、まことに高貴な精神――おい、こいつらを留置しておけ。では失礼」
リンとコメッティーノは縄をかけられたまま引っ立てられていった。一人残ったリチャードは動く歩道に乗り、行先を「ダッハ邸」と告げた。
リンたちは連邦府庁舎の建物に連行され、地下の留置場に別々に拘置された。
「後でロリアン様、セム様から直々に話があるから、それまで待ってろ」
係の人間が行ってしまうと、コメッティーノは隣の独房にいるリンに大声で話しかけた。
「わざわざ向こうから来てくれるらしいからおれはここでのんびり待つが、おめえはどうする?一暴れするって手もあるぜ」
「うん、そうするよ。コメッティーノ、誰か呼んでみてくれる?」
「わかった――おーい、誰かいねえか」
二人の看守が独房の前まできた。
「何だ、何かあったか」
看守はコメッティーノの房を覗き込み、続いてリンの房を覗き込んで大声を上げた。
「おい、この房の男がいないぞ」
男たちは電磁格子をオフにして独房に入っていき、そこで音もなく倒れた。
コメッティーノの房の前にリンが姿を現した。
「出かけるけど、コメッティーノは本当に出なくていいの?」
「ああ、おれはまだいい。せいぜい暴れてこいや」
リチャードはダッハの屋敷の前に立った。昨日、オンディヌがシルフィに連絡を取った所、ダッハ邸にいるとの事だった。ダッハの言う「大事な客人」とはシルフィに違いなかった。
「なかなか羽振りが良さそうだな」
大きな屋敷を見回し、どうやって入っていこうか思案した。いわゆる『後期ナーマッドラグ様式』と呼ばれる、エテルの建築とはだいぶ異なる華美な装飾の付いた豪邸だった。
「正面からいくか」
リチャードは肩をぶるんと回した。
リンは自然を発動させたままで連邦府庁舎の中を歩いた。留置場は地下三階だったので、地下一階まで登ってきたはずだった。円形の建物なのか、廊下は全て緩やかなカーブを描いていて、カーブに沿って両側に部屋が配置されていた。
先ほどからリンは妙な光景を目の当たりにしていた。十メートルくらい前方に人一人が入れそうな大きな花瓶が置いてあるのだが、人通りが絶えるとその花瓶は「すすすー」と移動していた。
驚かしてやろうと思い、自然を発動させたままの状態で花瓶の傍に走り寄り、花瓶が動いたタイミングを見計らって「何してるの?」と声をかけた。
花瓶は一旦、飛び上がってから、人の姿に変わった。
「――もう、リンじゃない。びっくりして心臓が止まるかと思ったわよ」
予想通り、花瓶に化けていたのはキャティだった。
「あんた、ようやく来たんだね」
「元気そうだね」
「中央広場で興行しながら隊長がダッハに接触したのよ。テンプテーションかけちゃえばもう任務は終わり。飽きちゃったから色々探検してるの」
「シルフィたちも一緒?」
「隊長とディディはダッハの屋敷でお茶でも飲んでるわよ。あんたは何をやらかすつもり?」
「好きに暴れろとしか言われてない」
「ふーん。あ、そうだ。サーカスの新しいメンバーを紹介するね。シャドウよ」
リンはきょろきょろとあたりを見回したが、キャティの他には誰もいなかった。
「下、下」
キャティに言われて足元を見ると不自然な丸い影が一つだけ廊下にへばりついていた。影はするすると壁に移動して人の形に変わり、リンに向かって手を上げた。
「よ、よろしく……彼がシャドウなの?」
「そうよ、あたいと同じ異世界の出身。ダレンに着いた日に自分から売り込みに来たのよ」
「僕と同じで気配がないね」
壁のシャドウは頷き、キャティが説明を加えた。
「あたいにはよくわかんない。影にしか見えないけど別の次元にいけば普通の人間なのかもね。こっちの世界ではしゃべるのも聞いた事ないわ」
「ふーん。敵にはしたくないなあ」
シャドウがびっくりマークのような形に変形した。
「こっちも同じだって意味みたい」
「ははは……あ、そうだ。僕は地下の留置場から上がってきたんだけど君たちはどこから来たの?」
「ダッハの屋敷に抜け道があって歩いてたらここに出たのよ。人が多かったから花瓶に化けてたんだけど、あんたがいればもう変身しなくてもいいかな――ねえ、シャドウ、リンはすっごく強いんだよ」
壁に張り付いた人間の影の形のシャドウは何度も頷いた。
「じゃあ地上階で一暴れしよう」
リチャードは屋敷の正門に両手をかけ、力を込めた。「ごごご」という音の後に「ぶきっ、ぶきっ」という破壊音を残し、鉄製の大きな門は石の柱から剥ぎ取られた。剥ぎ取った門を邸内に投げ込んで敷地の中に踏み入った。
二匹の番犬が広い庭の向こうから走ってくるのが見えた。人の喉笛に食らいつくように訓練された完全武装状態の殺人犬ロアランド・ソルジャー・ドッグだった。リチャードは装甲レベルをマックスに上げ、庭の敷石の上を悠然と歩いた。
一匹のソルジャー・ドッグがリチャードの喉笛を狙って飛び掛った。かなり大型で大きさは小ぶりの牛くらいあった。リチャードは犬の被る兜の上から右腕で強烈な肘打ちをかまし、動きの止まった犬を近くに立っていた聖サフィの石像に投げつけた。
もう一匹も飛び掛ったが、リチャードの蹴りを腹に食らうと、「きゃん」と叫んで動かなくなった。
リチャードは二匹が動かなくなったのを確認して再び歩き出した。
庭内には様々な石像が並んでいた。左手の森の木立の間にはリーバルンとナラシャナだろうか、見つめ合う若い男女の石像が見えた。右手の森ではシロンとスフィアンが同じように見つめ合っていた。屋敷まで続くゆるやかな坂道には先ほど破壊した聖サフィに始まり、聖サフィの弟子たちの石像、混沌の支配者と呼ばれた王たちの石像、そして『銀河の叡智』を生みだした七聖の石像がこれ見よがしに並んでいた。そんな中にリチャードは自分の祖先デルギウスの石像を発見して、思わずおどけた声を上げた。
「おお、我が祖デルギウスよ。こんな姿に成り果てて。十万ギークは下らない代物ですぞ」
(注)ギーク(GCU):Galaxy Currency Unitの略。銀河連邦の通貨単位。100ルーヴァ(RVA):Reward for Value-added Activity=1ギーク。約500円が1ギーク
左右の森の木々の間から一斉に銃撃が始まった。リチャードは装甲を解いて歩いていたが、『自動装甲』が発動して銃弾は鎧に弾かれた。
(人がいる気配はない。センサー感知式だな)
リチャードは慎重に歩を進めた。
雨のように降り注ぐ銃撃を浴びながら屋敷の玄関が見える場所までたどり着いた。屋敷の三階のテラスでは屋敷の用心棒らしき黒眼鏡をかけた男が双眼鏡でこちらを見ていたが、視認可能な距離まで近づいたのに気付いて、慌てて指示を出した。
屋敷からばらばらと男たちが出現した。手に銃を持ち、屋敷の前の庭の木や小山の陰に隠れて発砲した。リチャードは発砲に構わず男たちに近づいて男たちを殴り倒し、最後の男を倒すと三階のテラスまで一気に飛び上がった。
黒眼鏡の男は信じられないものを見るような顔付きで唖然として口を開けていた。リチャードは男の顔面にパンチを叩き込んでから屋敷の中に押し入った。
三階の一番奥の部屋にテンプテーションで骨抜きになったダッハとシルフィがいた。ダッハは赤ら顔をした禿頭の助平そうな中年男だった。
「到着ね。屋敷の地下に抜け道があるからそこを通って本丸に乗り込みましょう。あ、こいつはもう用なしだから好きにしていいわよ」
リチャードは二、三回手首を回すと強烈な右フックを放った。ダッハは値の張りそうな「十二羅漢来訪図」の絵が飾ってある壁に激突し、ずるずると床に落ちた。
「一人片付いた。後はロリアンとセムか」