6.2. Story 1 大海を知る

 Story 2 《花の星》

1 事後処理

 

西浦の描いた絵

 狂った夏は終わりつつあったが、リンの周囲の喧騒は日に日に大きくなっていた。
 全世界に向けた放送の結果、リチャードは注目の的となった。日本では主にその貴族のような佇まいが話題となり、マスコミの新たなターゲットとして連日テレビでその動向が放送され、巷にファンクラブまで誕生した。
 リチャードは所在を明らかにしなかったので、テレビで放送される動向といっても全世界向け放送の時のVTRが繰り返し流され、それに対してコメンテータたちがてんでに見当違いの意見を述べる状況だった。

 それでもどこで嗅ぎつけたのか、リチャードを狙って『都鳥』の近辺をうろうろと歩き回る人間は増えた。
 ミーハーたちに混じって、内閣調査室の葉沢の言葉通り、各国政府の命を受けたと思われるかちっとした格好の人間たちの姿も見受けられた。
 彼らは例外なく『都鳥』の扉を開けて、店内を一通り見回してから、カウンターにいる静江に連絡先を書いた名刺やメモを渡して帰っていった。
 たまにリンがいた時には顔を見て一瞬「おや」という表情をする者もいたが、特にその後何か起こる訳でもなかった。
 帰る時の店の扉に付いた鐘のからんころんと鳴る音を聞いて静江がリンにぼそりと言った。
「もうすぐ有名になっちゃうんでしょうね。そうしたら町も歩けなくなる」

 
 8月31日、『都鳥』を西浦が訪れた。
「リチャードさん、その節は色々お世話になりました。もう一週間経ちますな」
 西浦がハンカチで額の汗を拭きながらコーヒーを嗜んでいたリチャードに会釈した。

「どういたしまして。で、今日は?」
「全ての事件に対する公式発表の時期となりましてね。で、上層部は角突き合わせてこんな絵を描いたんですが、ご意見を頂きたくて。大帝率いる帝国軍が日本の頭脳、糸瀬優の研究を狙って地球に攻め込んだ。そこに立ちはだかったのが銀河連邦のリチャード・センテニア将軍と地球の若き戦士、文月凛太郎――」
「ずいぶんと虚飾に満ちてますね」
「リチャードさんが元々帝国のソルジャーだったとか、糸瀬氏が大帝の研究を盗んだとは言えんでしょ。ただでさえ信じてもらえるかどうかも怪しいのに」
「それもそうだ」
「これを背骨に据えて、順を追って事件を説明します――

 8月5日「文京区M糸瀬邸事件」、帝国軍が糸瀬邸に攻め入るもリチャード将軍と文月青年の尽力により撃退。
 尚、この戦いにより私営のボディガード二十数名が死亡。

 ――軍などではなく、たったの三名だったが
 ――それに私は三名の襲撃犯側で、撃退したのはリンだ
 ――そしてリンは私に敗れている
 ――私営のボディガードなどという品の良いものではなくチンピラ集団だろ?

 

 8月6日「中央高速D坂車両破壊事件」、帝国軍が中央高速D坂サービスエリア付近で車両及び道路を大量破壊、リチャード将軍と文月青年の尽力により撃退。
 尚、この戦いにより、中央高速D坂付近の道路が大幅に損壊。県警署員六名が不慮の事故により死亡。

 ――私はD坂になど出かけていないぞ

 

 8月11日「静岡県H島大量殺人事件」、帝国軍がH島のホテルを占拠、リチャード将軍と文月青年の尽力により撃退。
 尚、この戦いにより民間人八十余名が死亡。

 ――正確には帝国軍ではなく、全く別の敵だ

 

 8月15日「都内ビル連続爆破事件」、帝国軍が東京都内のビルを連続爆破、リチャード将軍と文月青年、警察により撃退。
 尚、この戦いにより文京区M町から千代田区H町に至る沿道の建物が大量に損壊。民間人、警察及び消防を含む約百五十名が死亡。

 ――この件については私も納得していない点がある、マリスの射殺命令を出したのは誰だ?

 

 8月17日「営団地下鉄乗客殺人事件」、帝国軍が営団地下鉄の車両を奪取、リチャード将軍と文月青年の尽力により撃退。
 尚、この戦いにより三原橋交差点付近の道路が陥没、民間人八十余名が死亡。

 ――今思い返しても胸糞が悪くなる事件だったが、大体この通りだ

 

 8月24日「Tホテル襲撃事件」、帝国軍がTホテルの会議場を襲撃、リチャード将軍と文月青年の尽力により撃退。
 尚、この戦いによる死亡者は糸瀬優一名――

 

「色々と突っ込み所があるでしょうが、こんな具合です」
「……」

 

西浦の依頼

「で、ここからが本題です。国民やマスコミがこの事件に執着しすぎては、その、困るのです」
「理解するまでに時間がかかるし、そうこうしている内に嘘もばれる――」
「その通りです。なので人々の目を逸らすため、より刺激的な何かが必要です」

「それは?」
「『嘘から出た真実』と言いますが、リチャードさんと文月君が銀河連邦への加盟申請に行って、無事帰って来られるまでを大々的なイベントとして取り上げさせては頂けませんか?」
「……私たちの行動であれば人々が熱狂するという考えですね。ここにもマスコミやら外国の高官やら一般人の野次馬やらがきます。シルフィがテンプテーションをかけて追い帰しますが、いい加減にしてほしいです」
「物見高いと笑われても仕方ありません」
「ただ今の話ですが、リンの力が理解されれば本当に即時加盟も可能かもしれませんよ」
「……申請さえすれば加盟できるのではありませんか?」
「やってみない事にはわかりませんね」

「とにかくマスコミ及び国民の目をそちらに向けたいのですがどうでしょうか?」
「過去よりも未来を見つめた方がいい。協力しましょう」

 
「ところで文月君は?」
「告別式ですか?それに行っています」
「そうですか」
「事件の核心を伝えられる人間はいなくなった――ところで糸瀬狙撃犯は?」
「捜査は進んでおりません。あの場にいらっしゃった方々も犯人の顔を見ていないし、証拠品も出てこない。警察内部も一連の出来事で疲労しきっているせいか、本腰を入れて捜査しようという気がないのではないかとすら感じます」
「先ほどの話の流れでいえば帝国軍に殺された、で通りますからね」
「お恥ずかしい話です。ですが亡くなった糸瀬氏の名誉だけはお守りしたい。先ほどの説明で乗り切りたいですなあ」
「……西浦さん、あなたを見ていると、この星もまんざら捨てたものではないように思えますね」
「そう言って頂けると嬉しいです。ではよろしく」
 西浦は照れくさそうに顔をハンカチで拭き、一礼をして去った。

 

連邦府の様子

 リチャードは入れ違いで『都鳥』にきたオンディヌとシルフィに相談をした。
「という訳で連邦の本拠、ダレンに向かう前に最新の様子を教えてほしい。私が帝国に帰順した頃は、内部の腐敗が始まろうとしていたのをトリチェリ議長が必死になって抑えている状況だった。議長亡き今、さらに悪化したのか?」
「あたしのシップに寄る人たちの情報を総合すると」とオンディヌが言った。「酷いものらしいわ。議長のセム・デール、ダレン市長のロリアン、大商人のダッハの三人が完全に連邦を私物化しているって話よ。トポノフ、ゼクトの両将軍がいなかったらとっくに帝国に滅ぼされてるんじゃない」
「やはり良くはないか。そんな場所に帝国所属と思われている私が乗り込むのはリスキーだな」
「リチャード、慎重に行動なさいよ。リンたち、《青の星》の人々にとっては一大事なんだから」

「確かに」とシルフィが口を開いた。「リチャードがいきなり行けば連邦加盟どころの話じゃなくなるわ。こんな時こそシルフィサーカス団の出番ね」
「どういう意味だ?」
「うふふ。事前にやれる事はやっておくのよ」
「――やり過ぎると今の連邦は滅びるぞ。そうなっては意味がない」
「だったらあなたが新しい連邦議長になればいいじゃない?」
「それは無理よ」とシルフィが答えた。「《鉄の星》と《銀の星》の人たちは帝国に人質として取られているようなものよ。リチャードが議長になったらどんな目に遭わされるか」
「帝国がそんな卑劣な真似をするかしら?」とオンディヌが言った。
「姉さん。最近、大帝は《虚栄の星》に行ったきりで、《巨大な星》方面の統治はマンスールが担ってる。あいつはとんだ外道よ」

「連邦も帝国の半分も腐っているのか。困ったな」
「この間の大帝の話を要約すると、『お手並み拝見』といった所なんじゃない」とオンディヌが言った。「私利私欲にまみれた瀕死の連邦と帝国内の邪悪な異分子に対してあなたとリンでどこまでやれるのか」
「待ってくれ。銀河にはさらに王国という新たな勢力もいる。この微妙なバランスを下手にいじれば、銀河は大混乱に陥るぞ」
「ちゃんと分析できてるじゃない」とシルフィが言った。「三すくみじゃないわよ。大帝の帝国とマンスールの帝国、腐りきった連邦、よくわからない王国。そこに乗り込んでいくんだから五すくみね。あなたがマンスールを倒したくらいじゃ、大帝は気にも留めないわよ」
「それだと帝国の領土の半分を放棄する事になるぞ」

「さあ、そこまでは知らないわ。姉さんの言う通り、あなたとリンの手並み次第なんじゃないの」
「まずはどうやって連邦に復帰するかだな。マンスールを打倒して故郷を解放するのはその次だ」
「とにかくサーカス団が先行してダレンに行ってくるわよ」
「そうだな。シルフィ、よろしく頼む」

 

珍客訪問

 1983年9月中旬、シルフィはK公園のサーカステントをたたんで旅仕度をしていた。
「シルフィも僕らと一緒に行けばいいのに」
 別れの挨拶に来たリンが言った。
「何、言ってんのよ。あんたのせいで早く発たなきゃならないんだから」
「まあ、そう言うな」と言ってリチャードは笑った。
「ねえ、二人とも聞いて。今まではあたしのテンプテーションであんたたちにまとわりつく奴らを追い帰してたけど明日からはそうはいかないわよ。注意してね」
「うむ、私は大丈夫だ」と言ってリチャードはリンを見た。「こちらにいる時にはリンも良く知る場所に世話になっている」
「あっ、そうか」とリンも言った。「僕もいざとなればそっちに逃げ込めばいいんだ」
「それはもう少し先の話だ――ところでシルフィ、キャティとディディだけでサーカスが成立するのか?」
「適当に人員を補充するわ」

 
「リチャード、誰か来たわよ」
 外で荷物をまとめていたキャティがテントの中にやってきて言った。
「放っときなさいよ、又、追い帰すから」
「それが少し雰囲気が違うの」
「ふむ、誰だろうな」

 リチャードがテントの外に出ると一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 黒眼鏡をかけた、あまり背の高くない、とりたてて特徴のない男だった。
「あんた、誰だ?」
 声をかけられた黒眼鏡の男は立ち止まった。
「名乗るほどの者ではないが、話を聞いてもらえると嬉しい」

「何だ?」
「ある人物に頼まれて人を探していた。その人物はある英雄に組織を壊滅させられたのを逆恨みし、私に手練れを呼び寄せるよう依頼をした。ようやく人を見つけたが、その英雄はすでにこの星を離れる旅支度に入っていた――という至極間の抜けた話だ」
「確かに間が悪い。もうこの星でドンパチやらかすつもりもない」
「もっともだ。依頼主にもそう伝えたが……」
「連れてきた手練れが納得しないのか?」
「銀河に名の知れた英雄と手合せできる機会はそうそうないと言っている」
「困ったな。だが今日明日に出発する話でもない。後二か月程度はここにいるから安心しろ」
「それを聞けて良かった。では」
 去ろうとした男の背中にリチャードが声をかけた。
「あんた、名は?」
「さて、『監督』と呼ばれた事もあったな。うん、それでいい」

 

それぞれの身の処し方

 シルフィのサーカスが銀河連邦府のあるダレンに一足早く向かった日、途中まで送っていったリチャードは『都鳥』に戻ってリンに会った。
「シルフィたちはもう出かけたの?」
 リチャードが思い出し笑いをしながら答えた
「うむ、珍客が見送りに来ていたぞ。誰だと思う、『石の拳』ガインだ……お前は?」
「Mの屋敷の片付けは大体終わって、沙耶香は二階の部屋を掃除してるよ」

 
 リチャードの声を聞き付けた沙耶香が階段を降りてきた。
「リチャードさん、色々とお世話になっています」
 さすがに少しやつれていたが、沙耶香は精一杯の笑顔を見せた。
「大変だったな」
 沙耶香は一瞬遠くを見つめるような表情になった。
「ええ、でも私、最後の父の毅然とした態度を見て、初めて父を理解できたような気がしました」

「……屋敷はどうなった?」
「中原さん、とても頑固で……」
 リンが後を引き取った。
「あの家、佐倉の家と一緒に生きる人だから離れる事はできないって。それで沙耶香は家の権利とか全部を中原さんに譲ったんだ」
「私は身一つになれて気が楽になったのですが、中原さんが心配で」
「『家を守る』か、そんな人生もいいだろう。沙耶香にとっても新しい人生のスタートだな」
 リチャードが穏やかな表情で言った。
「……はい、七七日が終わったら正式にここに引っ越して参ります」
 沙耶香はぽっと頬を赤らめた。
「しかしリンはこれから忙しいぞ」
「はい、わかっています。リン様が安心して宇宙に旅立てるように私がしっかりと留守番を致します」

「ところで源蔵は?」
「父さんなら」
 リンはカウンターを挟んで楽しそうに語らう源蔵と静江をちらっと見て言った。
「失った青春を取り戻すんだって」
 リチャードは黙って肩をすくめた。

 

全世界へのメッセージ

 9月18日、ほぼ西浦がリチャードに告げた通りの内容で日本政府の発表が行われ、国内のみならず世界中を衝撃が駆け抜けた。
 『都鳥』にはマスコミや野次馬が押しかけ、終日、お祭り騒ぎになったが、リン、リチャード、沙耶香は事前にオンディヌのホスピタルシップに避難したため、騒ぎとは無関係だった。
 オンディヌのシップでは世界各地のテレビ電波を受信し、いくつものスクリーンが地上の大騒ぎの様子を映し出していた。

「こんな大騒ぎになるとは変わった人たちだな」
「仕方ないよ、僕も第三者だったら興味津々だ。ねえ、沙耶香」
「え、ええ、あまりテレビは観ませんが、さすがにこのニュースには興味が湧きます」
「ところで沙耶香」とリチャードが沙耶香に尋ねた。「宇宙空間には慣れたか?」
「はい、オンディヌさんが良くして下さいますし、色々な星を見れます。楽しいですわ」
「たいしたもんだな。この分なら立派なソルジャーになれるぞ」

 
「あ、西浦さんの会見が始まるよ」
 突然、リンが素っ頓狂な声を出した。
 リチャードがテレビに向き直ると、無数の画面に緊張した西浦の顔が大写しになっていた。
「例の件を言うようだな」

 西浦の強張った声が画面を通して聞こえた。
「ご報告致します。明朝10時より、日比谷公園野外音楽堂にて銀河連邦リチャード・センテニア将軍と文月凛太郎氏の会見を行います」
 放送はそれだけで終わった。

「さて、リン。これでお前もいよいよ普通の人間ではいられなくなる。覚悟しておいた方がいいぞ」
 放送を観終ったリチャードが言った。
「うん、大学には休学届出してあるし、静江おばさんに迷惑がかからないように沙耶香と地下で生活するよ」
「そうだな、その方が安全だ」

 

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