6.1. Story 7 ロック

 Story 8 悪魔の子

1 父帰る

 

転移装置ツアー

 8月13日朝、夏季休業中の『都鳥』の店内にはリン、リチャード、オンディヌ、そしてシルフィが思い思いの表情で席に陣取った。
 そこにまたしても昨日の二人連れのうちの細身の男が現れた。

 
「隊長。昨日はどうも」
「もう一人の自然の使い手だが」
「結果はどうでした?」
「……違った。確かにこの銀河で一、二を争う強さだが、色々な点を総合すると私の『運命の男』ではないようだ」

「えっ」
 リンが素っ頓狂な声を上げた。
「リチャード。師匠に会ったの?」
「トーラが仲立ちしてくれた。お前の事も色々と言っていたぞ」
「何だって?」
「今すぐに私のパートナーとして銀河に出ていくにはあまりにも心許ないが、可能性がゼロという訳ではないそうだ」
「あちゃ、厳しいな」
「今日からお前を『運命の男』にふさわしくなるように鍛え上げる。覚悟しておくんだな」
「げっ」
「恵まれているぞ。あのように強い男、そしてこの私に鍛えられるのだから感謝しろ」
「わかりました」

 
「で、今日は何だ?」
 リチャードが声をかけると細身の男、トーラが答えた。
「『転移装置』を見たくありませんか?」
「ほぉ」
「あれだけの思いをして手に入れた宝物を手放すはずがない、そう踏んで調べました」
「しかし一基しか残っていない」
「現在のこの星の文明レベルでは到底理解できない代物ですし、二基あっても一緒です。理解できる人間が現れるその日を待つのでしょう」
「気の長い話だ」
「時の流れなど気にしない人間も世の中にはいます」
「確かにな――場所はどこだ?」
「ここからそう遠くないH埠頭という場所です」

「では行くか。静江ママも一緒に行きますか?」
 リチャードは店内を掃除していた静江に声をかけた。
「あたしは遠慮しとく。今日も中原さんが来るって連絡があったから留守にできないわ」
「中原さん……今日こそ何かを話すつもりかな」

 
 お盆休みで人気のない倉庫街が目の前に広がっていた。
 大分先に人影が現れ、手招きをした。
「あちらです。行きましょう」
 まっすぐな道を向かうとバフが待っていた。
「さあ、中に入ろうぜ。鍵は壊しといたからな」

 
 バフが鉄の扉を力任せにこじ開けると、庫内に光が入り、明るくなった倉庫の中心に装置が鎮座しているのが見えた。
「予想よりもごついな」
 リチャードが感嘆の声をもらした。転移装置は南の島の寺院の割れ門のようなごつごつとした形状をしていて、静かに佇んでいた。
「この星の文明レベルでここまでの物を作り上げるとは……やはり大帝は只者ではない」
「ねえ、リチャード。電源は入らないの?」
「どうするつもりだ。二基なければ役に立たない代物だぞ」

 トーラが離れた場所で言った。
「ここに電源らしきものがありますから、そこのコードを伸ばせば入るのではありませんか?」
「ありがとう」
 リンは装置についていたコードを伸ばして壁際の柱にあった電源に差し込んだ。

 
 「ブゥーン」と低い音が響き、装置の前面に付いている赤と青のパネルが点滅を繰り返した。赤には”Receive”、青には”Send”という文字が記してあった。
「送る時は”Send”で受ける時は”Receive”が点くんだ」
 リンが感心して装置を眺めていると、点滅していたパネルのうち、赤が点灯したままになった。
「あれ、ずっと”Receive”になったまんまだ」
 装置の扉に手をかけようとするとリチャードが叫んだ。
「リン、触るな!」
「えっ、どうして」
「何かが――」

 リチャードの言葉が終わらないうちに装置の中からまぶしい光が溢れ出た。
「伏せろ!」
 壁際にいたオンディヌと沙耶香が装置の下に走ってきた。
 装置の閉じられた扉の向こうから金属の擦れるかすかな物音がした。
「気を付けろ。中に何かいるぞ」

 
 リチャードが用心しながら扉をゆっくりと開けると一人の男が立ったままで気を失っていた。
「これは――」
「父さん!」

 
 リンが装置の中の人間に駆け寄り体を思い切り揺さぶった。もしゃもしゃ頭に度の強そうな眼鏡をかけ、よれよれのグレーのスーツを着た男の首から下げた金属製の水筒が「からんからん」と音を立てた。
「……ここは……ん、お前……リンか。リンなんだな」
 目を覚ました男は辺りを見回し、リンに向かって言った。
「そうだよ、父さん」
「……今日は何日だ?」
「何日どころの騒ぎじゃないよ。今は1983年の8月だよ」
「なっ……道理でお前が大人になっている訳だ。ここはどこだ?」
「――須良大都の転移装置を保管してある倉庫だよ」
「ああ、あの男の言った通りだ」

 源蔵はへたり込んで、周りにいるリチャードたちに気付いた。
「この人たちは?」
「うーん、後で説明するよ。でもこの人は紹介しておく。糸瀬沙耶香さん」
「……糸瀬……すると君は真由美さんの」
「はい。ご無事で何よりでした」
「沙耶香ちゃん。君とはどこかで会っているよね?」
「いえ、そんな事はないと思います――」
 沙耶香が途中まで言いかけた時、倉庫の入口付近にいたバフが叫んだ。
「取り込み中悪いが見回りが来る。一旦、戻った方がいいんじゃねえか」

 

父の謝罪

 リンたちはトーラたちと別れ、突然、転移装置に受信された源蔵を連れて『都鳥』に戻った。
 店のカウンターで静江がこちらに背を向けたまま「お帰りなさい。中原さんが来る前にお昼にしちゃおうね」と言った。

 
「――ただ今、帰りました」
 源蔵が一歩前に出て言うと静江の背中がぴたりと動きを止めた。
 静江はゆっくりと振り向いたが、その表情は泣いているのか笑っているのかよくわからなかった。
「十三年もどこに行ってたの。リンちゃんは大人になっちゃったじゃない」
 源蔵はカウンターから静江が出てくるのを待って、静江の前で土下座した。
「静江さん、ありがとう。リンがこんなに立派になれたのはあなたのおかげだ」
「――ちょっと、止めて。あたしは何もしてないわよ」
「いや、女手一つで、しかも赤の他人の子を育てるなど到底できる話ではない」
「水臭いわね――さ、皆でコーヒー飲みましょうよ。席に座って」

 

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