6. Chapter 1 Adania, 1249 (1983年8月)

 Story 1 83.08

 “Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate’”
「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」
 

 初めて研究所の門をくぐった時にこの言葉が頭に浮かんだ。
 おれが計画に参加した時点ではまだ他の二人はいなかった。生粋の研究者ではないおれは何をどう進めれば良いかもわからず、まさしく地獄に迷い込んだような状態だった。

 その後Fが、そしてSが参加し、地獄の門の姿は薄らいでいった。おれたちは互いに知恵を出し合い、FとSの研究をおれが現実的なモデルに落とし込む事によって、世界に例を見ない先進都市、東京の未来の姿が着々と描かれていったのだ。

 だが地獄の番人は手強かった。
 奴はおれを三人の中で一番の俗物だと言い放ち、全てを手に入れたくはないかと持ち掛けてきた。

 Sは気の毒だった。世界中に衝撃を与えたに違いない研究成果だけでなく、その許嫁であったM嬢とその腹に宿った二人の愛の結晶まで失ったのだ。
 おれは体面を重んじるMの御母堂に取り入って、生まれてくる子がSとの間にできた子であっても、海のように広い心でMとその子の面倒を見てやると宣言し、半ば強引におれとの婚姻を認めさせた。

 Mの心がおれに向いていないのは明らかだったし、おれも自分の血を引かない生まれてくるその子を愛する事ができるのか自信がなかった。
 まあ、いい。子供などまた作ればいい。Sとの間の子は、おれに接する時、虫けらでも見るかのような軽蔑した視線を投げてくる、あのいまいましい爺に育てさせよう――

 

 ――あれから二十年以上が経ち、様々な変化があった。
 Mは女の子を出産し、沙耶香と名付けられた。
 Mの御母堂は沙耶香が生まれてからしばらくしてこの世を去り、おれは労せずして都内の一等地に屋敷を保有する身となった。
 元々病弱だったMも沙耶香が五歳の誕生日を迎えた頃に身罷った。

 仕事は至って順調だった。
 大阪万博でとある展示館のデザイン監修を行ったのを契機に都市デザインのホープとしてその名が知られるようになり、出身大学の准教授となり、半年前にはテレビの朝のワイドショーのコメンテータにも抜擢された。

 
 再婚をするつもりはなかった。別にMや沙耶香に対する忠誠心ではなく、行きずりの女たちと一夜限りの関係を続ける生活のほうが性に合っていたからだった。
 娘の沙耶香とは古くから屋敷に仕える中原という爺に面倒を見させ、ほとんどコミュニケーションを取る機会がなかった。
 おれが万博で忙しくしていた頃に起こったある事件をきっかけに心を閉ざし、外に出られない状態になってしまったのも原因の一つではあるが。
 ……気の毒な娘だ。

 
 多忙な日々を送り、順風満帆に見えていても、たまに妙な感覚に襲われる事があった。
 あの時おれが見た地獄の門はまだ開いたままなのではないか。

 そしてそれは突然のY氏からの電話で現実となった。

 

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