ジウランと美夜の日記 (1)

 Episode 1 三界

20XX.7.23 解禁

 とうとうエピソード6を読み終えた。中身についてどうこう言うつもりはない。今一番の関心は早く書斎の資料の山の中から次のエピソードが光り出して、読めるようになる事だ。
 さっきから資料が置いてある書斎と普段暮らしている客間を幾度となく往復しているが、変化がなかった。じいちゃんの能力も錆びついたのだろうか。

 美夜から電話があった。
「ごめんね、一週間以上開けちゃって。夏休み前は大変なの。子供たちが押し寄せる前に蔵書の整理とかあって」
 ああ、世間はいよいよ夏休みかあ。
「ねえ、これからそっち行っていい。もう近くまで来てるんだけど」

 美夜が家に来た。長期のバカンスに出掛けるような大きなスーツケースを引きずっていた。片手には猫のミーシュカが入っていると思われる大きなバスケットを持って、スーツケースを引きずっているもう片方の肩からもショルダーバッグを下げていた。
「ふぅ、意外と重かった。途中で冷たい飲み物でも買おうと思ったけど無理だった」
 美夜はスーツケースとバスケットを客間に上げると「はぁ」と言って座り込んだ。肩から下げていたショルダーバッグをがさがさと探り、そこから数枚の紙切れを取り出して、テーブルの上に置いた。
「今朝、メールが入ってたの。これ」
 美夜にミネラルウォーターのボトルを差し出し、印刷されたメールを手に取った。送信者も受信者もアドレスがなく、題名は「頼み事」となっている。

 

 美夜さん、うちの孫がいつも世話になっている。
 奴はようやくエピソード6を読み終えたようだ。
 二か月で一つのエピソード、このペースは早いとも遅いとも言えん。だが事態の進展を考えると、今のままのペースでは危ないな。
 それにそろそろ小僧は金欠に陥る頃だ。働きながらだとますますペースは落ちる。

 次に読むべきエピソードは7ではなく1だ。そこから5までを読んで、やっと7の出番という訳だ。

 あんたに頼みがある。次に読んでもらうエピソード1からは奴だけでなくあんたも読めるようにしておいた。
 あんたと奴で協力して読む、そうすればペースは上がるし、あんたが知りたがっているエピソード7にも早く到達できる。
 わがままな頼みなのは承知している。あんたたちがエピソード5まで読み終えた頃に一度そちらに顔を出そう。そして地球だけでなく銀河全体がどうなっているかも話してやろう。
 では我が不肖の孫をくれぐれもよろしく頼む。未来の我が孫よ。

 デズモンド・ピアナ

 

 何て厚かましいんだろう、開いた口がふさがらなかったが、足は勝手にじいちゃんの部屋に向かっていた。部屋に入ると確かに資料の配置が変わっていた。
 少し光って見えるのがエピソード1の山だ、気が付くと美夜が背後から覗き込んでいた。
「ふぅん、あれがあたしたちの読むエピソード1ね。どれどれ」
 美夜は抱いていたミーシュカを一旦下ろしてから部屋に入って、資料を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。
「本当だ。あたしにも読める……おじいさまってすごい方ね」
 いや、そうじゃなくて他に色々突っ込む所あるじゃない――
「何で。あたしは嬉しいわ。おじいさまに認めてもらえたんだもの」
 あんなスーツケース抱えて旅行に行くみたいな――
「鈍いわね。読むとしたらこの家でしかできないんだから、ここで読んで仕事場に通うのが一番効率的でしょ。あの荷物は生活するための一式に決まってるじゃない」
 えっ、ここで暮らすの――
「おじいさまの言う通り、お金が底尽きそうなんでしょ。あたしが昼間仕事している間はあなたが読みなさいよ。そしてあたしが夜読んでいる間はあなたが働く。ね、とっても効率的?」
 ああ、すれ違い生活か――
「あなたのバイト先はもう決めてきたわ。ここに来る途中のいつも行くあのコンビニ。店長さん、顔見知りなんだって。早速今夜から入ってもらうって言ってたわ。どう?」
 はい――
「じゃあ早速打ち合わせしようよ。読むだけじゃなくて、まとめたりしてるんでしょ?」

 ぼくと美夜はコンビニに行き、店長に挨拶をして、昼食を買って帰った。
 PC上でちまちまとまとめている年表、登場人物や用語のファイルを美夜に見せた。でも今書いているこの日記には触れなかった。
 少しでも隠し事をしていると美夜にはすぐにばれそうなので、逆に質問をした。
 美夜は何でエピソード7を読みたいの――
「さあ、おじいさまの勘違いじゃないの」
 フォローのしようのない答えにぼくが黙ると美夜があわてて口を開いた。
「ね、この資料以外に」
 美夜はそう言いながらデスクトップにフォルダを新規作成した。
「プライベートフォルダを作成するけど見ちゃだめよ。その代わりジウランの日記も見ないから」
 何だ、全部お見通しか。えっ、でもそれって『美夜の日記』開始って意味?

 

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