6.9. Story 2 後日談

 ジウランと美夜の日記 (1)

1 忘れられない光景

 

叡智の儀式

 リンが無事に戻った後に、《七聖の座》で起こった奇蹟を一生忘れないだろう。
 ぼくはマザーに言われて恒星に一番近いクシャーナに立った。合図があったら皆で得物を空に向かって掲げる手筈だったけど、得物なんてないので、そのまんま両手を空に向かって伸ばした。

 しばらくすると地面が青白く光り始め、空は不思議なオレンジ色に染まり出した。
 そして、あの瞬間が訪れた。嘘を言ってるって思うかもしれないけど、ぼくには本当に見えたんだ。
 七つの惑星がきれいに一直線に並んで光の帯で結ばれていた。その光の帯に乗れば、隣の星まで歩いていけそうな感じだった。
 ぼくは知らず知らずに大声を出した。きっと他の六人も同じだったはずだ。

 マザーがヴィジョンに映っていた。少し疲れたような顔だった。
「『銀河の叡智』は復活したよ。ただ、この一回だけか、将来も繰り返されるか――それはあんたたち次第だね」

 きっとそうなんだ。『銀河の叡智』は誰かからの贈り物だから、そんな奇蹟に頼らないで、ぼくたちの力で銀河を盛り立てていかなくちゃならないんだ。

 

惑星直列

 真っ先にデルギウスに戻ってきたのはコメッティーノだった。
 車椅子に乗ったマザーの下へと走り寄ると、興奮した面持ちでまくし立てた。

「マザー、今のが叡智なんだな」
「そうだよ。創造主からのお褒めの印だね」
「あんな風に惑星がまっすぐに並ぶ事があるんだな」
「単なるショーアップさ。あっちにとっちゃ惑星を並べようが、並べまいが意味はないんだ」
「……言われてみりゃそうだよな。創造主はもっとたくさんの次元を扱えるんだもんな。おれらみてえに惑星直列に一喜一憂はしないか」
「その通りさ」

 そこにリンとジェニー、それにランドスライドが戻ってきた。
「ねえ、ねえ。マザー」
 三人とも先程のコメッティーノと同様に興奮してまくし立てようかとするのをコメッティーノがたしなめた。
「おい、お前ら。マザーは疲れてんだ。どうせ、本当に惑星が直列するんだねとか訊きたいんだろうが、そんな簡単な事はおれが説明してやる」

 マザーは顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せた。
「頼もしいね、議長さん――ああ、リンには別の話があるんだけど又の機会にしとこうかね」

 

結ばれぬ二人

 『銀河の叡智』を告げる光の儀式は終わった。間もなくデルギウスに皆が戻ってくる。
 私はシルフィとの待ち合わせ場所へ急いだ。オンディヌはリンの婚約者たちを介抱していたので、今が話しかける最後のチャンスだった。
「シルフィ、ちょっと話がある」
「……あら、私もよ」

 
 私たちは朽ち果てた市街の朽ち果てた劇場へ向かった。
 我が祖デルギウスの唯一の趣味と言ってもよかった演劇、彼は鑑賞だけに満足せず、自分でも生涯に一本だけ脚本を書いたと言う。
 もちろん、ソントン・シャウのようにドラマチックな本を書く才能があった訳ではない。資料が残っていないため、どんな作品であったか知る由もないが、『異国の姫』という題名と、劇場のこけら落としにその作品が選ばれたという記録だけが残っているそうだ。

 
 考え事をしながら歩いているとシルフィが声をかけた。
「ようやく終わったのね」
「だが私は生涯戦い続ける運命にあるそうだ。だから――」
「私もあなたにお別れを言わなくちゃと思ってたの」
「……シルフィ?」
「私が精霊だからとか、私がカザハナであなたがロックと一つだった因縁とか、そんなのは関係ないのよ。私と姉さんはコロニーで精霊たちのために生きるって決めた」
「……」
「いつかはランドスライド君と一緒に《享楽の星》を訪れる事もあるだろうから……その時にはボディガード、お願いね」
「ああ、こっちも戦い続けたあげくにぼろぼろになる。その時にはそちらで余生を過ごさせてもらうよ」
「ふふふ、いいわよ――さあ、背中を向けて。このまま離れるから、もうそれでおしまい。振り向いちゃだめよ」

 私はかくれんぼの鬼のように劇場の柱に頭を付けて立った。今振り向けば、シルフィは……いや、振り向いてはいけない、そうやってどれくらいの時間が経っただろう、ゆっくりと振り返れば目の前には無人の道がまっすぐに続いていた。

 

金の男

 デルギウスに戻る間に水牙は考えていた。
 あの黄金色に輝く男、某の推測が正しければあれは伝説の人物、《将の星》を開いた附馬金槍ではなかったか。
 金槍はまだ存命であるという噂が正しかったのも驚きだったが、何故、その伝説の男がこのような場所に現れたのか。

 それだけの危機が銀河に訪れていたと解釈すればいいのか。
 だが疑問は残る。
 あの場にいた全員が何らかの形でリンとの接点があった。
 金槍にもそれがあったという事なのだろうか。

 
 デルギウスに戻ると、すでにマザーは車椅子の上で船を漕ぎ始めていた。
 別の機会にしよう。
 リチャードも言っていた。信じ続ければ必ずどこかで道が交わると。

 

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