6.8. Story 2 ヴァニティポリス

 ジウランの日記 (12)

1 ポリス

 リンたちがジェネロシティの丘に戻ると『草の者』が待っていた。
「お疲れの所申し訳ありません。大帝始め帝国の幹部はフェイスの丘にいるようです」
「まったく疲れたぜ――ランドスライド。大丈夫か?」
「はい。父が死んだ訳ではありません。ぼくが父の人格を取り戻す事だって可能なはずです」
「なあ、リチャード。『錬金候』はしきりにおめえにからんでいたが、やっぱりそう思うかい?」
「……ん、ああ、こんなバカ騒ぎは早く終わらせよう」
「ちげえねえな。じゃあフェイスに向かおうぜ」

 
 リンたち七人はヴァニティポリスの中心、フェイスの丘のポリス地区に着いた。他のポリス地区と同じように最新のビルが立ち並ぶエリアを更に中心に向かって進むと、やがてヌーヴォー地区との境にある緑豊かな大きな公園に出た。公園では一日の終りの時間をくつろいで過ごす恋人たちや親子連れが笑顔を見せながら歩いていた。
「長い一日だったなあ。おれたちも休むか」
 コメッティーノも柔らかな表情を見せたが、リチャードは「皆はここにいてくれ」と言い残して公園の奥に一人でずんずんと歩いていった。

 
 小さな池と小川が流れる静かな一角だった。リンたちは慌てて後を追ったが、そこでは既にリチャードが一人の男と向き合っていた。
 リンたちは遠巻きに二人の対峙を見守った。リチャードと向き合っていたのは黒いマントをはおり、顔中を白い包帯でぐるぐる巻きにした男だった。

 
「来たか」
 包帯の男が口を開いた。
「ああ、まずはこの間の礼を言わないといけない」
「別にお前を助けたのではない。勘違いするな」
「どっちだっていい。連邦を救ってくれたのだからな」
「……相変わらずの思い上がり、まるで救世主気取りだ。少しは成長したかと思っていたが」

 
「あんたの言う通りだよ――で、何故ここにいる?」
「帝国の幹部としてお前たちを待っていた」
「帝国幹部?」
「そうだ。帝国が解体し、軍も解散したのは知っているな。残ったのはおれ、ゲルシュタッド、ジノーラ、そして大帝だけだ。その一人一人が各地区でお前たちを待っている」
「いつ帝国に?」
「お前が離脱してからしばらく後だ。それまではノーラを連れて様々な星を放浪したが、お前がいない帝国であれば入ってみるのも良かろうと考えた」
「ノーラは無事か?」
「……それは後で話そう」

「わかった。だが何故、帝国に与する気になった。《銀の星》を滅ぼした敵じゃないか?」
「わかっていないな。星を滅ぼしたのは帝国ではない。呪われた子、ロックと……そしてお前だ」
「……エスティリ、私も長い旅を経ておおよその事がわかった。あんたがロックと私を嫌う理由もおぼろげなから推測がつく」
「ロックを殺した事によってか?」
「初めはわからなかった。一緒にいたリンに『変わった』と言われて、ある疑念が自分の中で生まれた。そうしてここまでの旅の中でそれを裏付ける事実が明らかになった」
「それは?」
「私とロックは元々一つの人格として生まれるべき存在だった」

「わかっているようだな。ならば話してやろう、真実を。お前が生まれる少し前だった――

 

【エスティリの語り:リチャードとロック】

 ――あの頃は誰もが焦っていた。《七聖の座》の恒星が光を失い、『ウォール』と『マグネティカ』のせいで銀河内部の自由な航行が妨げられるようになった。《賢者の星》が愚かな争いの果てに滅びた。《巨大な星》までもが星を二つに分かつような混沌に落ちていた。
 人々が切望したのは『銀河の叡智』の復活、そのための七聖、中でも『全能の王』の再びの出現だった。
 かつての『全能の王』デルギウスを輩出したセンテニア家にも当然その声が届いていた。善き王トーグル・センテニアは自らの責任としてそれを恥じ、生まれてくる我が子にその期待を託した。

 
 おれが十二、ノーラが十一の年だったと思う。おれたち兄妹はアレクサンダー先生に勉強を教わるため、週に何度かプラの『輝きの宮』を訪れていた。
 その日は父も一緒で、おれたちに「アレクサンダー先生も大事な会議に出席される。おとなしく遊んでいるように」と言い残し、広間に入っていった。
 生意気盛りだったおれはノーラが止めるのも聞かず、広間のドアをわずかに開けて会議の様子を盗み見た。
 正面にはトーグル王と父が険しい顔で座り、その左脇にはアレクサンダー先生がいた。アレクサンダー先生は熱弁をふるっていた。

 
「――我が祖アンタゴニスの日記に、『全能の王』を人為的に作り出す、とは記されていない。作り出せないものに執着するのではなく、補佐するものを生み出してやればいい、それは、すなわち『クグツ』に他ならない、私はそう考えている」
 すると右脇に座っていたローブ姿の見知らぬ二人の男たちの一人が口を開いた。
「アレクサンダー殿。人形ではまずいでしょう。やはり生身の人間でないと」
「マンスール殿、世間が求めているのは『全能の王』というイコンだ。何も危険な生命操作を行う必要などない」
「誰が危険だと言いましたか。『精霊触媒』の術を用いれば、安全に『全能の王』は作り出せるのですよ」
「精霊触媒?」

「はい、精霊を触媒として人格を完全なる善と悪に分離するのです」
 マンスールの隣の男が口を開いた。何やらいい加減な名を名乗っていたが、今考えると、あれは錬金候ジュヒョウだったのだろう。
「……では、生まれるのは完全に善なる子か?」
「いえ、あくまでも分離でございます。生まれてくるのは善なる子と悪なる子」
「そんな所業がまかり通るわけがなかろう!」と言って、アレクサンダー先生がテーブルを叩いた。「この世に完全なる悪の子も生み落してしまうなど悪鬼の所業ではないか」
「実は……」と男が続けた。「私自身、人為的にではありませんが、分離した二つの人格の片割れなのです。もう一つの人格は精霊の繁殖地作りに励む一方で、私は錬金研究に心血を注いでいる――このように考えると完全な善、完全な悪だからと言って一概に嫌悪するのは如何なものでしょうか。もしどうしてもお嫌でしたら、悪の子は生涯どこかに幽閉しておけばよいではありませんか」
「……うーむ」
 トーグル王が唸るのを見てナジール王が助け舟を出した。
「でしたら、その悪の子は私が預かりましょう。当家にはすでにエスティリとノーラという立派な跡継ぎがおります。その子はおっしゃる通り、塔に住まわせ、人目にさらさないようにすれば――」
「いかん、いかんぞ!」とアレクサンダー先生は激怒した。「末代まで禍根を残すであろう所業、許されるものではないわい」
「……先生」とトーグル王が重い口を開いた。「冷静になって下さい――」

 
 その時、おれは突然背後から肩を掴まれた。
「こら、盗み見はよくないよ」
 立っていたのは黒髪の美しい女性だった。
「……あなたは?」
「私はカザハナ、あなたたち、《銀の星》の王子様と王女様でしょ。お城を案内してくれない?」
 カザハナという女性はおれとノーラの手を取り、城内を見学した。おれはこの美しい女性に夢中になって、広間で見た恐ろしい会議の内容などすっかり忘れた。

 
 それから数か月後、センテニア家の最初の世継ぎが生まれようかという日になって、おれとノーラは再び輝きの宮を訪れた。今度は父だけでなく母も一緒だった。
 おれとノーラは浮き足だった雰囲気に包まれる王宮の中でカザハナを見つけた。
「やあ、カザハナ。また会ったね」
「……ああ、あなたたち」
「どうしたの。元気ないね?」
「……一つお願いがあるの。私は二度とあなたたちに会う事はできないかもしれない」
「えっ、何でそんなこと言い出すの。縁起でもない」
「いいから聞いて。カザハナという精霊は消えてもあなたたちには私を覚えていてほしい。できるかしら?」
「カザハナは消えないし、おれたちも忘れない。だからそんな事言わないでよ」
「そうだね、せっかくお世継ぎが生まれるっていうおめでたい時に言う事じゃなかったね」
 カザハナは去っていった。それきり彼女と会う事はなかった。

 
 父と母もどこかに行ってしまい、おれたち兄妹は輝きの宮に残された。
 どうやらネネリリ王女の出産が近づいているらしかった。
 王宮が一層騒がしくなり、そうしてとうとう王宮内に産声が響き渡った。ヴィジョンにはトーグル王に抱かれて泣き叫ぶ赤ん坊が映っていた。
「《鉄の星》の第一子、リチャードと名付ける」とトーグル王が高らかに叫んでいた。

 
 誕生の宴が終わり、《銀の星》に戻ると、いつの間にか戻った父がおれとノーラを呼びつけた。玉座の間に母が真っ黒い布に包まれた赤ん坊を抱いて現れた。
「母上、その子はリチャードではないですか?」
「エスティリ、ノーラ、よくお聞きなさい」と言う母の声は震えていた。「この子の名はロック。今日からあなたたちの弟となる者です」

 いつか盗み見た会議の記憶が蘇り、幼いながらに起こった全てを理解した。ここにいるロックはリチャードの本来備えていた悪の部分だけを抽出し、結晶化させたもの、リチャードもロックも世に出てはいけない存在なのだ。
 ではそのために使われた精霊触媒とは――カザハナだったのか。カザハナに会いたい、もう一度会ってみたい、おれがそれを尋ねる前にノーラが父に尋ねた。

「父上と母上は出産に立ち会われましたよね。そこにカザハナという女性はおりませんでしたか?」
 それまで落ち着いて見えた父がカザハナという言葉を聞き、途端に青ざめた。母はうつむき黙った。しばらくあってようやく父が言葉を絞り出した。
「知らんな。それよりもロックの件は領民には他言無用、もちろんあちらの領民にもだ、よいな」
「望まれない悪の子……を何故ブライトピアが引き取らないといけないのですか?」

 おれがそこまで言うと母は耐えきれなくなったのか、ロックを抱いたまま跪いた。
「……エスティリ、お願い。もうそれ以上は言わないで」
「……子供だ、子供だ、と思っていたがどうやらお前たちは騙せないようだな。確かにロックは悪魔の所業によって生み出された子――」
「あなた、もうやめて」
「決して弟などと思う必要はない。私も我が子とは思っておらん――この子は塔に幽閉する」
「いいえ、お父様」とノーラが突然に口を開いた。「どんな事情があろうと可愛い弟ですわ。だってロック・ブライトピアなんでしょ?」
「おお、ノーラ、何て優しい子」
 母は泣きながらノーラを抱き寄せた。
「私はな」と父はおれにだけ聞こえるように小さな声で言った。「恐ろしいのだ。この子が将来どんな災厄をこの世界にもたらすか」
「では、では、いっそこの場で殺してしまえばよいではありませんか?」
「それはできん。そんな事をすれば『全能の王』の再来であるリチャードの身に何が起こってしまうか」

 
 それからの日々は地獄だった。父の意向通り、ロックは幼くして塔に幽閉された。父は徹底的にロックを恐れ、リチャードと同じ顔である事実を隠すためにロックに銀の仮面をかぶせた。
 アレクサンダー先生は以前と同じように勉強を教えに来てくださっていたが、ロックの存在はタブーだった。たまに先生が塔の方を見て何かを言いたげな顔をするのを見ると心臓が止まりそうだった。
 だが母は違った。それが母性というものなのだろう。出るはずのない乳をまさぐる赤子を見れば、誰でも抱きしめてしまう。母は恐れつつもロックを愛し始めているようだった。
 ノーラも同じだった。遊び相手などいるはずのないロックの面倒を見て、楽しそうに過ごした。

 
 おれが初めてリチャード、お前と会話をしたのは新年の祝賀会の席だった。トーグル王がお前を連れてきて嬉しそうに言った。
「ようやく話をできるようになったのでな。これが王子リチャードだ」
 何もないかのように話を続けるトーグル王と父の姿を見て「偽善者どもめ」と胸くそが悪くなった。
「初めまして、リチャードです」
 利発そうな、それでいて無邪気さを失っていないまっすぐな目でお前が挨拶をしたのを見て、おれは怒りのあまり目の前が真っ暗になった。その場を立ち去ろうとした時、ノーラがおれの腕を引っ張った。
「よろしく、私はノーラ、こっちが兄のエスティリよ。仲良くしましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
「エスティリ、ノーラ」と父が声をかけた。「よろしく頼むぞ。リチャードには銀河の命運を担う子になってもらわないといけないのだからな」
 何が銀河の命運だ。カザハナを奪い、ロックをあのような形で生み出しておいて、何が『全能の王』だ。おれはノーラの腕を振り払い、宴会場を後にした。

 
 それからもヴィジョンでお前の成長の様子は伝えられた。「稀にみる天才」、「ドグロッシを越える武術の才」、全ては父たちの思い通りに進んでいた。
 お前とロックが五歳になった時に事件は起こった。《鉄の星》でジャンルカが生まれ、歓喜に沸いていた年だ。
 ロックが塔の部屋の掃除に来た乳母の一人を襲撃したのだ。使用人の一人が塔から何かがぶら下がっているのを発見し、それが首に毛布を巻かれた乳母だとわかった時に、王宮は恐怖に包まれた。
 父は急いで兵士に命じてロックを取り押さえ、塔の部屋に手足を縛りつける鎖を用意させ、そこにロックを縛りつけた。
 悪魔は目覚めたのだ。

 ロックの中の悪魔が目覚めた時、おれの中の悪魔も又目覚めたのだ。ロックを殺せないのなら、お前に死に値する苦しみを味わって欲しいと思うようになった。
 お前が《銀の星》に弟のジャンルカを連れて遊びに来た時、おれはお前に言った。
「なあ、リチャード。一つ探検をしようじゃないか」
 普段すげなくされていたお前は喜んでこの誘いに乗った。
 塔の小部屋に案内し、おれは「扉の外で待っているから一人で行ってこい」と言って、お前一人を部屋の中に入らせた。
 そこでどんな会話があったかは知らない。ただお前はロックという隠された合わせ鏡に気づき、以来それを意識するようになった――

 

 ――ここから先はお前にも記憶があるはずだ。ロックにとどめを差したお前自身がこの馬鹿げた悲劇を終わらせようとしているのは知っている。だが亡くなった人たちはもう戻ってはこない」
「……カザハナは死んではいない」
「何だと?」
「オンディヌとシルフィという二つの人格に分かれたが、無事だ。彼女たちも最近自分たちの過去に気付いたばかりだ」
「……」
「それよりノーラは無事か?」
「ノーラか。可哀そうな妹――

 

 ――あの夜、王宮は突然の炎に包まれた。おれが大やけどを負いながら部屋の外に出ると、そこにはノーラが立っていたが、不思議な事にノーラは無傷だった。
「ノーラ、無事だったか?」
「はい、私の部屋には火がかけられませんでした」
「……父上たちは?」
「火の手が強くてあちらには行けません」
「よし、遺物は身につけているな」
「はい」
「これから王宮を脱出する。父上たちのご無事をお祈りするしかないな」
「でもお兄様、ひどいお怪我を」
「おれなら大丈夫だ。ただのやけどだ」
 おれは『流星の斧』を携え、ノーラは『スピードスター』を足に装着し、王宮を抜け出した。幸いに帝国軍には遭遇しなかったが、ディーティウスヴィルの市街地にも炎が迫っていた。

「ノーラ、どうした?」
「街の人たちを救出しないと」
「そんな事を言っている場合か」
「でも……お兄様、ここで待っていて」
 ノーラはそう言い残して風のように飛び去り、一軒の燃え盛る民家に入り、そこの住人を救い出した。
 そんな風にして数軒の民家から人々を救い出したノーラが、今度は炎に包まれた大きな商家に向かったが、いつになっても戻ってこなかった。
 おれは急いで商家に入り、斧を振り回しながら、落ちてくる柱を避け、行く手を阻む壁を壊し、ノーラの姿を探した。
 ノーラは落ちてきた梁の下敷きになって倒れていた。おれは急いで梁を壊し、ノーラを抱き起した。
「ノーラ」
「……お兄様」
「急いで逃げるぞ」
 ノーラを抱きかかえながら外に出ようとしたその時、天井が崩れ落ちた。

 
 どのくらいの時が経っただろう。おれの耳にうっすらと声が聞こえた。
「王宮にいねえと思ったらこんな所で死んでやがる」
 ロックの声だった。
「ロック、遺物も手に入れた。早く出発するぞ」と別の男が言っていた。
「そう急ぎなさんなよ。こっちは……あらあら、ノーラ姉ちゃんじゃねえか。せっかく火をかけないで生かしておいてやろうと思ってたのによ。ばっかだな」
「お前が人に情けをかけるとは不思議だな」
「そんなんじゃねえよ。生きてりゃ、おれの女にしてやろうと思ってたのよ。へっへへへ」
「……お前は人の風上にも置けんな」

「けっ、マンスール、てめえには言われたくねえよ。大体リチャードとおれを分離したのも『全能の王』を再現したいんじゃなくて、おれの力が欲しいためだったんだろ」
「ふふふ、何とでも言え。お前を引き取って育てても良かったが、二つの星を陥落させるには、内部に毒を仕込んでおく方が都合が良かったのだ」
「ほら、おめえの方がよっぽどくずじゃねえか」
「さあ、死者は放っとけ。我々の姿が大帝に見つかったら何を言われるかわからん。どうもあのジノーラという星読みは苦手でな。行くぞ」

 おれは絶望して倒れていたが、しばらくして体が動くようになり、ノーラを抱き起した。ひどい怪我を負っていたがまだ息があった。
 ここから逃げなければ、そう考え、瀕死のノーラを引きずるようにしてポートまで急いだ。幸いにして無事だったシップに乗り込み、おれは《巨大な星》まで逃げた。帝国の膝元に逃げ込むのが一番安全だというのがわかっていたからだ。

 
 ダーランの町に潜伏する間に《鉄の星》が陥落し、トーグル王と王女は死亡し、サラが行方不明、お前とジャンルカが帝国の捕虜になったのを知った。《銀の星》については父と母が死亡、おれとノーラは行方不明と伝えられていた。
 ノーラは意識を取り戻したが、すっかり魂を失ってしまったようだった。ダーランのような環境の良い町でなければ、ノーラはとっくに死んでいただろう。こちらの問いかけにもあまり反応する事なく、食事も睡眠も取らず、生きるのを拒否したノーラをどうしていいのかわからないまま月日だけが過ぎていった。
 やがてお前が帝国の特殊部隊の隊長に任命されたのを聞いた時に私の心は決まった。もちろんマンスールやロックは憎いが、お前が最も憎むべき存在だという事に改めて気付いたのだ。お前はあらゆる人の犠牲の上でのうのうと生きている、それを許す事ができなかった。

 しかし《巨大な星》は安住の地という訳ではなかった。おれは自分の傷もほぼ癒えたのもあり、病身のノーラを連れて銀河中を放浪した。
 お前がロックを殺したらしいという情報が入ったのは《オアシスの星》の酒場にいる時だった。
 その後のお前の王国、《巨大な星》での活躍を聞くうちに、お前はお前なりにその呪われた人生を克服しようともがいているのだと思えるようになった。
 だったらおれは帝国に入り、お前を正々堂々と迎え討とう、そう考えて《エテルの都》で流星の斧を修理に出したが、その後すぐにお前が来るとは思わなかった。メルカトの奴らには大枚を握らせていたので、誰もおれの居場所を漏らさなかったが、お前が都を解放した時、おれはまだメルカトにいた。
 その後、『地に潜る者』からお前を助けたのは、お前が危なっかしくて見ていられなかったからだ。おれとこうして対峙する前に死なれてはたまらないからな。
 そして今、おれは帝国幹部、と言っても四人しかいないが。おれがノーラを連れて大帝に会いに行った時に大帝はこう言った。
「間に合わないかと思ったぞ。お前がいなければ私はリチャードとの約束を守れなかった」
 大帝は、お前の出生の秘密も私たちの間の確執も全てわかっていたのだ。

 

 ――だがおれにはお前を許すかどうか決められない……リチャード、このポリス地区にノーラがいる。会ってやってくれないか?」
「それは構わないが、具合は?」
「いよいよ悪い。おそらく今日明日持てばいいだろう」
「……行こう、今すぐに」
 リチャードとエスティリはリンたちを残してその場を離れた。

 
 眠っているノーラにエスティリが声をかけた。すっかり痩せて《銀の星》にいた頃の面影はなかった。
「ノーラ、目を開けてくれ。お前に会わせたい人間がいる」
 ノーラがゆっくりと目を開いた。
「大抵は何も答えてはくれないが、お前の顔を見れば変化があるかもしれん」
「……あ……あ」
「何だ、ノーラ」
「……ロック?……ううん、ちがう……リチャードでもないし……そう、やっと一つになれたのね」
「ノーラ!」
 リチャードは叫びながらノーラの手を握り締めた。
「長かったわね……こうなるまでに……でも、もう安心……本来の姿に戻れたのよ」
「ノーラ」
「……おにいさま……わたくしのために……わざわざこの子を連れてきてくださったのね……ありがとう」
「ノーラ」
 エスティリも涙声でノーラの手を握り締めるリチャードの手を取った。
「これから……みんなで……ブライトピアも……センテニア……」
 ノーラの手が力なくシーツの上に落ちた。

 
 エスティリはノーラの手をゆっくりと離すと、意外にもさばさばした顔で語りかけた。
「ノーラが言った。お前を許そう……これを持っていけ。ノーラのスピードスターだ。コメッティーノが喜ぶだろう」
「エスティリ、私からも頼みがある」
「何だ?」
「故郷はサラが治めている。あんたが代わって、いや、《銀の星》だけでもいい、治めてくれないか?」
「……それはお前の役目じゃないのか」
「いや、どうやら私は戦い続ける運命にあるらしい。作られた『全能の王』ではなく『戦い続ける者』として己の運命を全うしようと思っている」
「……考えておこう……リチャード、感謝するぞ」

 

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