6.8. Story 1 『錬金候』

 Story 2 ヴァニティポリス

1 帝国の消滅

 一行は《虚栄の星》に向かってシップを急行させた。
「リン、どのくらい経つ?」とリチャードが尋ね、リンは少し考えた後に「僕の星のカレンダーだと一年半以上」と答えた。
「大帝との約束を果たす日がこんなに早く来るとは思わなかったな」
「リチャード、感慨に浸るものいいが、まずは目の前の奴をどうにかしないといかん」
 ゼクトが操縦席で声を上げた。

 目の前には以前追跡してきた帝国艦隊の旗艦の姿が見えていた。再びスクランブルでヴィジョンが入った。
「帝国艦隊、スクナ将軍である。貴船は先般警告を無視したシップとお見受けする。まずは回線を開かれよ」
 コメッティーノは苦笑いをしながらヴィジョンを同期した。
「こちらは連邦シップ、議長コメッティーノ他、リチャード・センテニア、ゼクト・ファンデザンデ、公孫水牙、ジェニー・アルバラード、ランドスライド、リン文月が乗船中。現在、《精霊のコロニー》の援助要請を受け、《虚栄の星》に赴く途中だ。通行を許可されたい」
「……七武神。道理で本艦がぶっちぎられたはずです。しかし規則ですので、これ以上の帝国領地内での活動は敵対する意志ありとみなして攻撃します」
「スクナ将軍、聞いてくれ」とゼクトが話し出した。「先般、名乗りを上げなかった非礼をどうか許してほしい。貴殿も知っての通り、ホルクロフト、オサーリオ、シェイの各将軍はすでに連邦に帰順した。どうだろう、貴殿のような若者が我々と一緒に戦ってくれれば心強い」
「……折角のお誘いながらお断り申し上げます。私のような取り柄のない人間を将軍にまで引き上げて下さった大帝を裏切る訳には参りませんので」

「ここを通過するのはまかりならんという訳か」
「ご覧の通り、私は現在一人。私を倒せば先に進めます」
「そんな真似はできねえよ。おれたちゃ、おめえとは戦いたくない」
「……では私から討って出ます。それなら戦って頂けますか?」
「どうしても戦いたいってか。わかったよ。こっちは誰を出せばいいんだ」
「リン文月殿との手合せを所望」
「だってよ。おい、リン、ちょっと外に出てくれねえか」
「えっ、何で僕?」
 リンは情けない声を出した。
「いいから……いいか、手を抜くんじゃねえぞ。本気で倒せよ」

 
 リンはスクナのシップの甲板の上でスクナと向かい合った。
「ご無理を言って申し訳ありません。まさか七武神のリン殿と手合せできるとは夢にも思っておりませんでした」
「……七武神って、僕たち、そんな呼ばれ方してんの?」
「はい。七聖の再来、七聖では紛らわしく、又その、皆様、聖人というよりは……そこで七武神と。中でもリン殿は『星を蘇らせる者』、その力は底知れずと伺っております」
「そんな風に持ち上げられると照れちゃうなあ。でも戦いでは手を抜かないよ」
「望むところ」
 スクナは剣を抜き、リンもそれに応えた。

 斬り交わすうちに実力の差が露わになった。リンの剣先は鋭く、スクナは防戦一方となった。
 やがて剣を受けきれなくなったスクナは尻もちを着き、鼻先にリンの剣が突きつけられた。
「参りました」
「いい勝負だったね」
 リンは剣を収め、にこりと笑ってスクナを引っ張り起こした。

 
 コメッティーノとゼクトがシップの上に降りた。
「じゃあ通らせてもらうぜ」
「どうだ、スクナ将軍。連邦に来ないか?」
「いえ、それは……私は連邦に所属するつもりはありません」
「そうかい。無理にとは言わねえ。気が向いたら来てくれよ。いつでも門戸は開けて待ってっからよ」
 リンたちはシップに戻り、先に進んだ。スクナは甲板の上でいつまでも敬礼を続けていた。

 
 リンたちのシップがさらに進むと、再び、今度は帝国の艦隊を発見した。
「今度は艦隊だぜ」とコメッティーノが言った。
「さっき、スクナは何で単独行動してたんだ?」
「さあな」

 間もなくスクランブルでヴィジョンが入った。
「こちらは元帝国将軍、ディスプローズ。そちらは連邦のシップとお見受けする」
 ヴィジョンには初老の穏やかな顔つきの男が映された。
「連邦のコメッティーノだ」
 コメッティーノはヴィジョンを同期して答えた。
「おお、議長自ら……《虚栄の星》に向かわれるおつもりですな」
「さっきの若い将軍みてえに通せんぼするつもりかい?」
「いや、我々は……すでに帝国軍人ではありません」
「ん、意味がわかんねえな」
「大帝の命により帝国は解散をしました。承服できないスクナのような若者が単独行動に出ており、我々も複雑な心情です」

「ふーん、で、どうするんだい?」
「我々は腐りきったあの頃の連邦ではない現在の連邦であれば一緒にやっていきたいと考えております。大帝も言われました、『もはや、帝国の存在意義はなくなった』と」
「わかった。何にしても無秩序状態が続くのは良くねえやな。早速、連邦に帰順してもらう。引き続き警護に当たってくれ。で、《虚栄の星》の内部は?」

「はい、一部の幹部だけが残っております。おそらく連邦との最後の戦いに備えていると思われます」
「一部の幹部って――ゲルシュタッドか?」
「はい、ゲルシュタッド元帥、ジノーラ師、それに新しく来られたピアソルという人物です――もちろん大帝もおられます」
「すぐにでもヴァニティポリスに向かいたいが、その前にやんなきゃなんねえ事があるんだ。なあ、ディスプローズ、『錬金候』の噂、聞いちゃいねえかい?」
「……聞いた事がありませんなあ」
「じゃあいいや。《武の星》から連邦の艦隊を来させるからうまくやってくれや。おれたちゃ、先に進むぞ」
「……スクナ将軍は如何なりましたか?」
「ああ、ぼうずか。今頃、どっかで自分の将来を考えてんだろう。しばらくはそっとしといてやった方がいいんじゃねえか」

 
 ついに《虚栄の星》の星団が近づき、巨大な主星の周りをいくつかの衛星が回っているのが見えた。
「あのでかい星にヴァニティポリスっていうでっかい都があるんだ。初めての奴もいるだろうから、一応、予習しとくぜ」
 コメッティーノがそう言って「ファイル」を開いた。

 

《ファイル》《虚栄の星》 - 帝国の本拠となる星。
 主星にはヴァニティポリスという銀河でも一、二を争う巨大な都がある。
 ヴァニティポリスは聖ルンビアとドミナフ王により開かれ、その後オストドルフ王の時代にゴシックと呼ばれる最盛期を迎える。
 スカンダロフ王の時代に指導者ダイスボロにより王政が打倒され、民主制へと移行する。
 センキュネンの時代に大帝に支配権を委譲。現在に至る。

 

「衛星にはそれぞれドミナフ、オストドルフ、ダイスボロって名前が付いてんだそうだ」
「それぞれの衛星には統治者や指導者の記念廟があって観光地になっているらしい」
 《虚栄の星》を訪れた事のあるリチャードが説明を付け加えた。
「次はヴァニティポリスの予習だ」

 

《ファイル》《虚栄の星》《ヴァニティポリス》 - 《虚栄の星》の都。
 聖ルンビアによって構想されたと言われる計画都市。
 距離を置いて存在する六ヶ所の高台にそれぞれ、旧文化地区の外側にゴシック地区、さらにその外側にヌーヴォー地区、最外周がポリス地区として現在も開発中。

 

「ヴァニティポリスは本当にすごい街だ。銀河でもこれに匹敵するのは《享楽の星》の王都、チオニくらいだと言われている」
「はぁ」
「どうした、リン?」
「ずいぶん遠くに来たねえ」
「銀河にその名を知られたソルジャーとは思えない発言だな。錬金候を探すのは一苦労だぞ。何しろ大都会だ」
「『草の者』を連れてくれば良かった」
「すでに数人入り込んでいるはずだ。着いたならまず彼らと接触しよう」

 

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