6.7. Story 1 助けを乞う者

 Story 2 精霊の故郷

1 三界集う

 

和解

 《七聖の座》の恒星は熱と輝きを取り戻した。主星デルギウスの仮設本部にはマザー、コメッティーノ、ゼクト、ジェニー、ムルリを従えた珊瑚姫、パパーヌとアナスタシア、ゼクトに捕縛されたイスドロスキス、そしてネアナリスとミーダが一堂に会した。
「珍しいね。三界が一堂に集うなんて」とマザーが驚いたように言った。「せっかくだからコメッティーノ、言いたい事があんだろ?」

 
 マザーから話を振られたコメッティーノは口を開いた。
「さっき起こった奇跡は皆、見ただろ。こうなればおれたちは『銀河の叡智』を再び成し遂げたい。三界の皆が『持たざる者』を快く思ってないのは十分に承知しているが、今度の叡智は『持たざる者』のためだけじゃない、ここにいる皆のためって思ってるんだ」

 沈黙を破ってパパーヌが口を開いた。
「ずっと連邦の行動を見てきた結論だ。お前らを信じる」
 続いてネアナリスが発言した。
「リチャード・センテニア殿から色々と話を聞いた。それゆえミラナル・リアルが破壊された後であってもわざわざこの場所に来たのだ。余は連邦に協力してもよい」
 最後に珊瑚姫が言った。
「水牙とはそんなに長い付き合いではなかったが信頼に足る人物じゃった……それに『空を翔る者』、『地に潜る者』がそこまで言うのに、わらわだけが協力しない訳にはいかんであろう」
「どうやら皆、協力してくれるようだね」
 マザーがほっとしたような表情を見せた。

「いや、おれは協力しない」とイスドロスキスが言った。「おれはあくまでも空を翔る者の覇権を目指す。だからお前らには協力しない」
「……いいんじゃねえか」とコメッティーノが言った。「色んな考え方があって。お前はお前の道を行けよ」

 
 イスドロスキスが出て行くのと入れ替わりに一人の男が入ってきた。
「これは、すごいメンバーが揃っておるのお」
「……王先生じゃありませんか。何故ここに?」とゼクトが驚いて言った。

「わしら、龍族の人数は少ないが、連邦の進もうとする道に従う――これでいいんじゃろ?」
「ほっほっほ、黄龍まで来てくれたとは。後は精霊の協力が得られれば万事丸く収まるねえ」
 マザーが嬉しそうに言った。
「しかしマザー」とゼクトが尋ねた。「精霊は気ままに生きる種族。協力など――」
「おお、そうじゃった」と王先生が思い出したように言った。「わしがここに来たのも精霊に関係しておるんじゃ。間もなくわしの古い友人がお主らを頼って《巨大な星》を訪れる。話を聞いてやってはくれぬか?」

 

救助要請

 《巨大な星》、ホーリィプレイスのマザーの家にマザー、コメッティーノ、ゼクト、ジェニー、それに王先生が戻った。
 庭のテラスでお茶を飲んでいると王先生がぼそりと言った。
「そろそろ来る頃じゃなあ」
「烈火の艦隊に発見されちゃうんじゃないの?」とジェニーが尋ねた。
「いや、銀河の端っこを回ってくるから誰にも見つかる事はなかろうて」

 
「その通りだあ」
 驚いて皆が門の方を振り向くと、門の外には中に入りきれない一匹の巨大な黒っぽいカメがいた。その背中では人がぐったりと横たわっていた。
「思ったより早かったのお」
 王先生が声をかけるとカメはゆっくりと頷いた。
「非常事態だしなあ」
 ちっとも非常事態には聞こえないのんびりとした口調にジェニーは思わず吹き出した。
「で、その背中の子は――その前にお主を紹介せんとな」と王先生は改まって言った。「こやつは聖獣ゲンキ、わしの古い友人じゃ。ゲンキ、こっちから――」
「大体わかる。マザー、コメッティーノ、ゼクト、ジェニー」

「背中の子は誰だい?」とマザーが尋ねた。
「ああ、この子ね。この子は《精霊のコロニー》の……うーん、王子かなあ」
「王子?」
「あ、そう呼んでるだけ」
「それにしてもコロニーの出来事であれば――そうじゃな、四大候のボルケーノの下にでも行けば良かったろうに」
 マザーの言葉にすかさずジェニーが反応した。
「四大候って?」
「《火山の星》の『火山候』ボルケーノ、《灼熱の星》の『豪雨候』ファイアストーム――」
「だめだよお。忙しいんだよお」
 ゲンキが間延びした声で言った。
「それに《精霊のコロニー》の『開拓候』フロストヒーブ――」
「フロストヒーブはこの子、ランドスライドのお父さんだよお」
「ちょっと待てよ。精霊の子って――この子は自然発生じゃねえのかい?」
 そう言って、コメッティーノはゲンキの背中でぐったりしている少年をまじまじと見た。
「そうだよお。母親は……ミネルバ・サックルローズだったかな」
「ミネルバ……どっかで聞いた名前だな……そうか、ポリオーラルの研究者だった女性だな?」
「よく知らないけどコロニーに調査に来ている時に仲良くなったんだよお」
「この子の出自はわかったよ。で、何で連れてきたんだい?」

「ちょっと待って」とジェニーが会話を止めた。「四大候って三人しか名前出てないわよ。もう一人いるんでしょ?」
「……ゲンキ、もう一人は誰かって」
 マザーの口が急に重くなった。
「ええ、言わなきゃだめかい。うーんとねえ、《茜の星》にいた『錬金候』ジュヒョウだよお」
「悪魔に魂を売った精霊……じゃな」
 王先生が苦々しげに言った。

「その話はいいじゃないかあ。とにかく四大候にはお願いできないからここに来たんだよお……それにランドスライドは君たちが探している人間かもしれないよお」
「どういう意味だ?」とコメッティーノが口を開いた。
「君が考えてる通りの意味だよお。君たち『パックス・ギャラクシア』をもう一回再現したいんだろお?」
「……この子供が」
「しかし彼は起きないぞ。大丈夫なのか?」
 ゼクトが心配そうに言った。
「ああ、大丈夫。寝てるだけ。今起こす。でも人見知りだから優しくしてやって……それ、ランドスライド、起きなさい」
 ゲンキが背中を揺すると、上でぐったりしていたランドスライドは目を開け、上半身を起こした。

 
 目を覚ましたランドスライドは心配そうに辺りを見回し、ゆっくりとゲンキの背中から降りた。まだ十四、五歳のひょろりと長い手足に茶色い髪の少年だった。
「王子。ここが《巨大な星》だよお」
「もう着いたの……あの、ランドスライドです。こんにちは」
「よぉ、コメッティーノだ。よろしくな」
「あ、連邦議長の。ど、どうも」
 一人ずつ挨拶を交わしていくとランドスライドが不思議そうな顔をした。
「あの、リン文月たちは?」
「ああ、療養中だ。すぐに戻るよ」

「コロニーで何が起こったんだい。逃げてくるなんてただ事じゃないだろ?」とマザーが尋ねた。
「は、はい。ゲンキから聞いてるかもしれないですが、ぼくの父はフロストヒーブ、『開拓候』と呼ばれています。『風のコロニー』、『火のコロニー』、『土のコロニー』、『水のコロニー』、精霊のための安住の地を作っているんです。場所は……《虚栄の星》に向かう途中です」
「ふーん、そりゃ都合がいいや。そろそろ行かなきゃと思ってた所だったんだぜ」
 コメッティーノが笑いながら言った。

「そのコロニーに生まれてはいけない者が生まれたんです……ゲンキ、何て言うんだっけ?」
「反属性――」
「――の精霊が現れたんです。一人はストーンサイクロン、もう一人はフローズンファイアです。二人はコロニーを支配しようとして父に戦いを挑みました。五分五分の戦いでしたが、先日とうとう、風のコロニーが敵の手に落ちてしまって。ぼくは連邦への支援を求める使節としてゲンキと一緒に《巨大な星》に向かう予定だったのですが、出発寸前に今度は火のコロニーが陥落して……」
「敵はたった二人だろ?」とコメッティーノが尋ねた。
「ええ――」
「――『錬金候』が裏で手を引いてるんだよお」とゲンキが叫んだ。「反属性の精霊なんて生まれるはずないだろお」

「ちょっと落ち着けよ。急にそんな事言われてもおれたちは水牙じゃねえからよくわかんねえ。わかるように説明してくんねえかい?」とコメッティーノが言った。
「ああ、すみませんでした。父からの受け売りですけど――」

 

【ランドスライドの語り:精霊の発現】

 ――《古の世界》に現れた精霊はアウロス。金の属性を持つ者だが、実はArhatアウロの別の姿だと言う。
 続いて、風の精霊ヴェンティ、水の精霊オー、土の精霊テラ、火の精霊フレイムが現れ、三界はその力を奪い合う。ヴェンティは空を翔る者に与し、オーは『水に棲む者』に、テラは地に潜る者に与し、果てない諍いが起こる。フレイムが持たざる者に与した事により、争いはますます混沌へと向かう。

 

「おいおい、《古の世界》のおとぎ話から始めんのかい?」とコメッティーノが言った。
「おとぎ話なんかじゃありません……あ、ごめんなさい。とにかく昔の精霊は風なら風、火なら火っていう形で単一の属性だったんです」
「あー、そういう事言いたかったのか。悪かったな、話の腰折っちまって」
「いえ、いいんです。ところが時代が進むにつれて複数の属性を持つ精霊が一般的になったんです」

「ねえ、またまた話の腰折ってごめんね」とジェニーが目をくりくりさせて尋ねた。「精霊ってどんな風にこの世界に現れて、どういう風にこの世界を去るのかしら?」
「精霊は自然から生まれるんだそうです。そして長い時間をかけて自然に帰っていく、自然と一体化した時にその精霊は実体がなくなるんだと聞きました」
「この星で言えば、氷の宮殿のグレイシャーやカゼカマの森のカゼカマはその口だね」
 マザーが昔を懐かしむように言った。
「でもあなたは違う……んでしょ?」
「はい。父は土と風の精霊ですが、母は持たざる者です」
「そういうケースは多いの?」とジェニーがしつこく尋ねた。
「どうでしょう。父も火山候も豪雨候も自然発生らしいです――あ、あのお姉さんたちはどうなんだろう?」
「お姉さん?」
「はい、反属性の精霊がコロニーに現れた頃、訪ねてきたんです。あのお姉さんたちは自分たちが精霊なんじゃないかって思ってたみたいなんですけど」
「……」
「でも話したみたいに、単一の属性の精霊なんて今の時代ではありえないんで」
「なあ、ランドスライド」とコメッティーノが言った。「その話は後でもう一回してくれねえか。そのお姉さんたちっていうのはどうもおれたちの知り合いみてえなんだ」

 
「そ、そうなんですか……じゃあ話を続けますね。どこまで話しましたっけ。複数の属性でしたよね、属性は大きく金、風、土、火、水に分かれるんですが、金は王の属性って呼ばれてて滅多に出現しないんです。そうなると残りの四つの属性の組み合わせになるんですが、火と水、土と風は互いに打ち消し合う関係になるんで自然な状態ではまず発生しないんだそうです」
「でも現れちまった?」
「はい。言い伝えでは反属性の精霊が現れる時は大いに世の中が乱れるんだそうですが、実際に出現した記録は残ってません。ゲンキは『錬金候』が人工的に作り出したんだって言ってます」

「その『錬金候』ってのは何者だい。マザーも知ってるみてえだし」
「ぼくは会った事がないんで――」
「――知る必要なんかないさ」とマザーが吐き捨てるように言った。「嫌でもわかるよ。あいつがやった事、そしてそれが今の世界にどういう影響を与えているか」
「……マザーがそう言うんじゃあしょうがねえな。で、おめえの話は以上か?」
「はい」
「よおし、リンたちが戻り次第、連邦は《精霊のコロニー》に向けて出発する。遠路ご苦労だったな。まあ、ゆっくり休めや」

 
「あの……」
「何だ、あ、さっきのお姉さんの話か?それならリチャードが復帰してからにしてくれや」
「いえ、そうじゃなくて」
「何だよ、言ってみろよ」
「はい、ぼく、連邦のソルジャーになりたいんです」
「ああ、そういう事かい。それはあっちのゼクトさんに頼んでくれよ」
 ランドスライドは嬉々としてゼクトの所に行って話を始めた。

 

『死者の国』への旅立ち

「じゃあ行ってくるぞ」
 GMMはゴウに言い残してプララトスを後にした。

 これが最後の旅になる、思えばなかなかに充実した一生だった。若い頃はケンカに明け暮れ、ヌエヴァポルトで一番の厄介者と呼ばれた。マザーに出会って初めて人を思いやる事を学び、それからはプララトスとともに生きる決意を固めた。マザーの推挙でJBと一緒にデズモンドの冒険にも参加させてもらった。《巨大な星》が妙な事になってマザーが身を隠した時も、プララトスを守るために必死で戦った。そしてあの愉快な奴らと一緒に塔をぶち壊した時、あれは人生のハイライトだったろう。
 実の子のように可愛がっていたバンもシャークも失った。この上、自分がいなくなればゴウが一人でプララトスを背負っていかなければならない。
 だが心配はしていない。プララトスはいつでも我々と共にあり、我々を見守っている。ゴウがそれを忘れなければ何の問題もないはずだ。願わくば、その見守る側に加わりたいが、それは過ぎた願いだ。

 
「しかしよ、マザーもお前みたいな死にかけを呼びつけるなんてどういうつもりだ?」
 突然、操縦席のJBが話しかけてきてGMMは現実に引き戻された。
「さあな、最後の挨拶をしておけとでも言いたいんだろう」
「お前の病気が治ったりしてな」
「止せよ。私はリンじゃないぞ。自分の体の事は自分が一番よくわかっている。これは寿命、あらかじめ決められた事だ――もし仮に可能だったとしても私は断る。プララトスの傍に行くのを邪魔しないでくれとな」
「ふーん、宗教に目覚めた者は強いっていうか、おれには理解できねえなあ。リンみてえに死んでも蘇るのがうらやましくて仕方ねえ」
「それもあらかじめ決まっている事だ。奴には奴なりの悩みがあるに違いない」
「……でもよ、生きてヌエヴァポルトに帰ってこようぜ。帰りがおれ一人じゃつまんねえや」
 JBはそう言ったきり、何もしゃべらなかった。サングラスの奥の目が一瞬涙で光ったように見えた。

 大丈夫だ、この男がいる。ルカレッリもいるし、ジャンルカも気にかけてくれている。
 ゴウ、何も心配せずにプララトスを守っていってくれ。

 

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