6.6. Story 3 復活

 Story 4 《七聖の座》

1 三界起つ

 水牙が姿を消してから丸一日が過ぎ、ジェニーは都督庁に転地を訪ねた。
「心配するな。あいつも子供ではないからそのうち戻る。仕事をさぼったのは懲罰に値するがな」
「そんな悠長な。水牙の様子見たでしょ。普通じゃなかったじゃないですか。それに――」
「それに?」
「いえ、何でもありません。でもあたしにはわかる。水牙はあたしを必要としてた。一人でいなくなるはずないの」
「ふーむ」
「もういいです。あたし一人で探します」
 ジェニーは怒って部屋を出ていった。
「やれやれ、水牙は尻に敷かれるな」
 転地は椅子に座ったまま伸びをした。

 
 ジェニーは見張りの兵士を無視して長老殿に駆け込んだ。
「おじいちゃんたち、聞いて」
 ジェニーは真っ暗な道場で叫んだ。
「お願い、出てきて」
「何事じゃ、うるさいのお」
 暗闇から声が返ってきた。
「突然来て何の用じゃ」と別の声がした。
「大方、水牙の行方を知りたいんじゃろ」
 さらに別の声が答えるとジェニーはきっと眉を吊り上げた。
「知ってるならどうして、どうして何もしてくれないのよ」

「まあ聞け、娘よ。此度の水牙の失踪、これは決まっていた事だ」
「左様。歴史の必然というやつじゃな」
「何それ、わかりやすく言ってよ」
「お前にかかっては長老の威厳もあったものではない。ならばわかるように言うぞ。水牙は『凍土の怒り』の封印を解いた。それは同時に『水に棲む者』の女王、珊瑚を目覚めさせる事だったという訳じゃ」
「珊瑚が眠りについたのは《古の世界》崩壊後間もなく。『銀河の叡智』も現在のシニスターの騒ぎも知らずに眠り続けた」
「世間知らずの珊瑚は目覚めるや、直ちに水に棲む者の覇権を奪還すべく動き出したのだ」
「珊瑚だけであればわしらも水牙を止めた。だが『地に潜る者』、『空を翔る者』も呼応するかのように動き出しておる」
「溜まった膿は一度出し切る必要がある。これ、すなわち歴史の必然じゃ」
「ちょっと待ってよ。水牙は水に棲む者じゃないわよ」
「水に棲む者にとっては凍土の怒りを使いこなせる勇者こそ待ち望んだもの。そしてそれは水牙以外におらんのじゃ」
「水牙が水に棲む者に味方するとは思えないわ」
「であればいいがな」

「ねえ、おじいちゃんたち、そこまでわかってんのなら何で水牙を助けてあげなかったのよ!」
「娘よ。怒るのはもっともだ。じゃがまだわしらの動く時ではないのだ」
「お前さん自らが水牙を助けたいと思ってるじゃろ。それこそが歴史の――」
「何よ、役立たずのくそじじいども!」
「……」
「……」
「……」
「あ、ごめん。傷ついた?」
「……まあよい。水牙は《海の星》に行った。探す手間が省けたじゃろ?」
「ふぅ、やっと役に立ってくれたわね。ありがとう、おじいちゃんたち」

 
 《海の星》、海底の王宮、二つある玉座の片方には珊瑚姫が座り、もう片方には水牙が腰掛けていた。二人の前には一人の老兵士が跪いていた。
「姫様、水牙殿は如何に?」
 老兵士が口を開いた。
「大丈夫。わらわの想いを汲み取って下さった。我らのために誠心誠意働いてくれるそうじゃ」
「じいは嬉しゅうございますぞ。このようにして再び水に棲む者の国を興す事ができるとは思ってもいませんでした」
「ムルリ、喜ぶのは早い。まだこれからじゃ――ところで叔父上はどうであった?」
「……はあ、ブッソン様は『興味がない』の一点張りでして」
「わらわたちが眠りについている間に年を取られたのだ。しかしヤッカームを滅ぼしたのもそうであったようだし、わらわの眠りを覚ましたのも『持たざる者』、信じられぬ世の中になっておるのぉ」
「御意。銀河連邦と称して銀河のほぼ上半分を制圧したようでございます」
「ふん、小賢しい。わらわは面倒くさいのは性に合わぬ。連邦の中心はどこじゃ?」
「主要機関は《商人の星》にあるようですが、精神的な拠り所は《七聖の座》と呼ばれる場所かと」
「では『大陸移動の秘法』で《七聖の座》を目指そうではないか。邪魔立てする者はこの水牙が凍らせてくれるわ……のお、水牙」
 水牙は黙ったまま頷いた。

 
 リチャードは一人で《エテルの都》に戻った。途中で息を引き取ったギンモンテの遺体は彼の遺言に従って宇宙空間に流した。
 その足でそのままメルカトに向かった。

「ワシュク、また来たぞ」
「……あんたか。もう用は済んだはずだ。それとも新しい注文か?」
 ワシュクはいかにも迷惑そうに言った。
「いや、ちょっと聞きたい事があってな。お前、ミラナリウム知ってるか?」
「あん、そりゃあ伝説の金属だ。ミラナリウムとかローデンタイトとかそんなもんは実在しないだろ」
「ところがあったんだよ。それも天然ミラナリウムって代物が」
「ほお、今度はそれを武器に仕立ててくれとでも言うのか?」

「残念ながら手元にはない。聞きたいのはその天然ミラナリウムの鎧と私の剣、それがぶつかったらどちらが勝つかだ」
「……あんたの剣なら振り下ろすだけで大抵のもんは切り刻んじまう。何しろおれが仕上げたんだからな。だが鎧ってのは剣の一撃を防ぐように作られてんだ。だから分が悪い」
「……ならば、何であればその鎧を破壊できる?」
「強烈な打撃、例えばハンマーとか槌とかで重さを利用して何発か食らわせばわからんかもしれん」
「それは困ったな。私も含め銀河の英雄たちに打撃が得意な者はいない」
「……あいつはどうなんだい。リン文月は星をぶっ壊すって噂じゃねえか」
「ははは、そりゃあ反則だ。考えに入れちゃいけない――よくわかったよ。ワシュク、ありがとう」
「何かトラブルに巻き込まれてるみてえだが、前にあんたに話した包帯巻いた男。あいつの斧ならもしかすると――」
「すっかり忘れていたよ。ありがとう、ワシュク、本当にありがとう」
「何度も言うんじゃねえよ」

 リチャードはワシュクの店を後にした。あの男は今どこにいる。まだこのあたりにいるのではないか。リチャードは藁にもすがる想いで包帯の男を探す事にした。

 
 《地底の星》ではミラナル・リアルの試運転が成功裏に終了した。
「ミーダよ。いよいよその時が近づいたぞ。『地に潜る者』の力を見せつける時が来た」
「……へい」
「どうした。センテニア殿の事をまだ気にしておるのか。安心せい。このミラナル・リアルを止められる者などおらん。大船に乗ったつもりでいるのだな」

 ミーダは心の中で呟いた。我が王はあの銀河の英雄たちの英雄たる所以を理解できていない。彼らが本気になった時に起こす数々の奇跡、無敵を誇った『火炎陣』の艦隊はほぼ無血のまま敗走し、難攻不落の『錬金塔』がいとも簡単に陥落したではないか。ミラナル・リアルといえども絶対ではないのだ。
 だがやらねばなるまい。立ち上がる時だ。虐げられてきた同胞、そして……コルミロのために。

 
 アナスタシアのシップは制止を振り切ってダーランの移民局のポートに到着した。シップを降りるや否やアナスタシアが叫んだ。
「私は銀河連邦ゼクト将軍の使いで参りました!すぐにコメッティーノ議長と連絡を取りたいのです」
 移民局の職員はアナスタシアの尋常でない雰囲気に押され、急いでヴィジョンでダレンへの緊急回線を開いた。
「コメッティーノ議長はいるか……はい、それがゼクト将軍の身に何か起こったらしくて……はい、えーと」

「私が話します」
 アナスタシアは《鳥の星》での顛末を話した。取り次いだダレンの人間は急いでコメッティーノのヴィジョンを開いた。
「どうぞ、直接お話し下さい」
「よお、確かあんた、パパーヌの妹のアナスタシアだっけか。どうしたんだい?」
 会議を抜け出せてほっとしたような表情のコメッティーノが気さくに話しかけた。
「コメッティーノ様、落ち着いて聞いて下さい。私の兄、パパーヌとゼクト将軍が《鳥の星》でトラブルに巻き込まれております。黒き翼の者が鳥の神シャイアンを復活させるのを阻止しようとしたためです」
「……わかった。おれは今《七聖の座》の近くにいるんですぐにそっちに急行しよう」
「そんな。コメッティーノ様自ら」
「仕方ねえだろう。おれが一番強いんだから。安心しな。あんたの兄貴は無事救い出すからよ」

 

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