6.6. Story 1 前兆

 Story 2 胎動

1 水牙の悪夢

 《武の星》の都、開都。季節は夏へと変わり、降り注ぐ陽光の下、ヒマワリのように大きな赤い花が大路一面を覆う中、都督の執務室では公孫転地と水牙が向かい合って話をしていた。
「――サロンに縁のある人間がそんなに集まったか」
「はい。エテルの情念が人を呼び寄せたのではないかと」
「エテルの中に残る良心がどうにかしないと、と考えたのかもしれんな。犠牲になった人には気の毒だったが」
「はい」
「ジェニーだが、しばらく我が星に留まってもらおうと思うが、異論はないな?」
「もちろんです。彼女は身寄りのない身。この星に置いて頂ければこれ以上の事はございません」
「早速、長老たちに会ってもらおう。おそらく『火の楼閣』に行くだろうが、筋だけは通しておかんとな」
「はい」

「しかしアンの娘さんがなあ……縁というのは不思議なものだ。他の者たちはどうした?」
「はい、コメッティーノとゼクトは《エテルの都》の行政、軍備の再編成のため、当地に留まり、リンは友人の結婚式があるとかで《青の星》に帰っております。リチャードは……行方知れずですが、おそらく《地底の星》に赴いたのではないかと」
「ネアナリス王が活動を開始したとなると面倒だな」
「父上は行かれた事がおありですか?」
「うむ、デズモンドと共にな。だが王宮の扉は開かれなかった」
「王はどのような方でしょう?」
「非常に紳士的な方と聞いているが、『持たざる者』に対して相当の恨みは抱いておるな」
「そんな。今更、持たざる者がどうとか」
「いや、《古の世界》崩壊以降、覇権を失った三界の者の恨みは我々には想像できぬほど根深いものがある。お前も十分に気をつけるのだな」

 水牙は都督庁の外に出た。自分たちが拠り所とする銀河連邦は、元々七聖が確立したものだ。デルギウスは何故その時に三界の住人を含めた秩序を構築しなかったのだろうか。

 
 話は《エテルの都》でコメッティーノの演説が行われた日に遡る。
 リチャードはシェイ将軍と話をした。シェイ率いる銀河連邦の艦隊はゼクトの指令に従い、屋上からエテルの都内部に侵入したが、その際に見慣れぬシップが一隻、屋上から飛び去るのを目撃したと言った。

「それは『地に潜る者』のシップだ」とリチャードが言った。
「地に潜る者、どうして言い切れるんだ?」とシェイが言い返した。
「知り合いだ」
「でもミーダは何を見つけたんだろうね?」
 傍にいたリンが会話に加わった。
「ラボの人間がほとんど殺されているので詳しくはわからないが、おそらくミラナリウム研究の責任者、ギンモンテ博士だろう」
「……ミラナリウム?」とシェイが言った。「あのダレンを襲った機械の原材料か。何でそんな危険なものを地に潜る者に渡したんだ」
「さあな、自分でもわからない。ただ地に潜る者だからと言って頭ごなしに危険分子呼ばわりするのはどうかと思ってな」
「お前も良く知っているだろう。地に潜る者と言えば、隠密に暗殺、世界の裏稼業に携わっているのが常ではないか」
「シェイ。この件に関しては自分で責任を取る。これから《地底の星》に向かう」
「ネアナリスの王宮に行くつもりか?」
 シェイが驚いたように言った。
「ああ、連邦の人間ではなく、一人の人間として行く――リン。お前も行きたいだろうが私一人でいい。お前は《青の星》に帰らないといけないだろう?」
「友達の結婚式に出なくちゃいけないんだ」
「早速出発する」
 それだけ言ってリチャードは去った。

 
 都の式典が終わり、リンはゼクトと一緒にアミューズをぶらついた。
「しかしこの都はいいな。故郷の《戦の星》からも遠くないし――」とゼクトが言った。
「《戦の星》って近くなの?」
「いや、それほど近くもないが、ダレンよりはずっと近い――それにこういう秩序だった町は嫌いじゃないな」
「連邦も範囲が広がったから、コメッティーノに言えばここに連邦支部を作ってくれるんじゃないの?」
「そうだな。機会があったら進言するか――おっ、リン。お前に用事のある人が来たぞ」とゼクトが言う先にはニナの姿があった。
「やあ、ニナ。大分落ち着いた?」とリンが声をかけた。
「おかげ様で。連邦の人たちに仕事を引き継いだし、バッチリよ」
 今日のニナはいつものグレーのスーツ姿ではなく、小花模様のワンピースを着ていて、表情にも明るさがあった。
「でもさあ、本当に僕と一緒に行くの?」とリンが恐る恐る尋ねた。
「言ったでしょ。あなたと出会うのは決まっていたの」

 
 ニナは数か月前の出来事を思い返した。
 その頃、クアレスマに対する憎しみはピークに達していた。
 ある午後、クアレスマが市長室でうつらうつらしているのを発見したニナは、この時を逃がしてはいけないと感じた。急いでキャンティーンに行き、果物ナイフを手に取り、市長室に取って返そうとしたその時、どこからか声が聞こえた。
(ニナ、早まっちゃいけないよ。今はまだその時じゃない)
「誰?」
(リンが来るまで待つんだよ。リンがあんたを救い出してくれる)
「……リン?、リンって、あの銀河の英雄のリン文月?まさか……あなた、誰?」
(あたしゃ、《巨大な星》のマザーさ。あんたのお母さんもよく知ってるよ)
「マザーって、マザーアバークロンビーなの?何で私に――」
(あんたにはやるべき事があるからさ。いいかい、リンに会ったら後であたしの下に来るんだよ)

 
「マザーがねえ」とリンは疑わしげな声を出した。
「その後も何度か話をしたわ。あなたの事はよく知ってるつもりよ。沙耶香、ジュネ、アダン、ミミィ、葵、早く友達になりたいわ」
「……ああ、その流れ。じゃあ僕はこれから戻るから、一緒に出発しよう」
 ニナが嬉々として去り、ゼクトがあきれたように言った。
「ずいぶん落ち着いているな」
「うん、もう慣れた……かな」

 
 開都、長老殿の前で水牙はジェニーを待った。長老殿から出てきたジェニーの頬は紅潮していた。
「ねえ、水牙、聞いてよ。やっぱりあたしは火の属性なんだって。おじいちゃんたち、もう修行は要らないって誉めてくれたわよ」
「おじいちゃん……ああ、それは良かったな。『火の楼閣』には行くのか」
「うん、とりあえず行ってみるわ」
 ジェニーは楼閣に向かって歩き出した。
「某は都督庁にいる。終わったら寄ってくれ」

 都督庁では転地が笑顔を見せた。
「水牙。ジェニーはやはり火の属性だったようだな。今は楼閣で修行中か」
「父上、情報が早いですな」
「まあな、ジェニーには期待している」
「期待……ですか?」
「ああ、お前も知っての通り、《将の星》では神火を倒したお前に対して不満を持つ者が少なくない。明風殿や烈火が押さえ込んでいるが、最近では『鬼火党』なる一団までできて、お前のみならず《武の星》を打倒しようという動きが起こっている。彼らの主張は、我が星に火の属性の者がおらんから、《将の星》の民をないがしろにしているという目茶苦茶なものだ」
「難癖です。現に烈火や業火、猛火たちがいるではありませんか。しかしそれとジェニーにどういう関係が?」
「実はな。ジェニーを我が公孫の家に招こうと思っている」
「ほお、父上の養女ですか?」
「……それはお前次第だな」
「えっ」
「彼女にこの星の名代として瑠璃京に行ってもらい、そこで不満を持つ人々と対話をしてもらう」
「納得するでしょうか?」
「わからん。だがあの娘には何かがある。きっと《将の星》の民を失望させない何かが。そう感じるのだ」
「わかりました。某からもジェニーに言っておきましょう」

 
 三日後、ジェニーは単身《将の星》に出発した。都、瑠璃京では多くの人が出迎えた。歓喜の声を上げる者、怒号を浴びせる者、様々な思いを抱く人々を前にしてジェニーは挨拶代りにフェニックスを撃ってみせた。
 歓声も怒号もぴたりと止み、ややあってからまばらな拍手が起こった。やがて目が覚めたかのような人々の歓声が沸き上がった。

「皆さん、あたしは《武の星》の名代で来ましたジェニー・アルバラードです。皆さんと直接対話をしたくて参りました」
「あんた、公孫とはどんな関係だ?」と民衆の一人が尋ねた。
「あたしは《巨大な星》の戦乱で祖父を、そして数か月前の辺境の虐殺で父を失い、身寄りを失いました。今は公孫の家の居候です」
「火の属性なんだろうな?」と別の民衆が尋ねた。
「はい。あたしは銀河一のガンナーを目指しています。この『火の鳥』は両親と祖父があたしに残してくれた大事な銃です。あたしは、あたしは、この銃がある限り、誰にも負けません」
 いつの間にか、附馬の一族、明風、烈火、業火、猛火、妖火、陰火がジェニーの傍に集まった。
「どうだろう、みんな」と明風が言った。「《武の星》の誠意、このジェニーから感じ取ってはもらえないだろうか」
 誰も何も言わなかった。だが再びまばらな拍手が今度は大歓声へと変わっていった。明風と烈火がジェニーの両隣に立ち、手をつなぎ大きく上げた。

 開都では転地がジェニーの報告を水牙に伝えた。
「ジェニーは熱烈な歓迎を受けたようだ。しばらくあちらに留まるそうだ」
「そうですか。それは良かった」
「いよいよ公孫の家に招かないといかんな」
「ははは、そのへんは父上にお任せしますよ。ではこれで」

 
 水牙は神火の船団との戦い以来の胸のつかえが取れ、爽快な気分で自宅に戻った。《将の星》の民が自分を認めてくれるにはまだ時間がかかるが、ジェニーが対話の架け橋になってくれたのは良い兆候だった。
 その晩、水牙は夢を見た。内容は覚えていなかったが、朝起きるとびっしょりと寝汗をかいていた。

 

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