6.4.4.13. ネボラ16日

 6.4.4.14. ネボラ16日 夜

13 ネボラ16日

 

ファクトリー

 コメッティーノとゼクトは日の出を見ていた。ようやくファクトリーの混乱は片付き、ネコンロ山に向けて出発しようとしていた。
「なあ、コメッティーノ」とゼクトが口を開いた。「水牙やリチャードはうまくやっているかな?」
「大丈夫だろ、あいつらなら」
 コメッティーノは鼻歌交じりでファクトリーの南門に向かった。
「とにかく今夜だ。今夜、あの禍々しい塔をぶっ壊す」
 二人の目には朝日を浴びる錬金塔が映っていた。さわやかな朝にも関わらず不吉な雰囲気の塔がネコンロの山頂で手招きをしているようだった。
「そう言えば昨夜、塔が作動したのを見たという者がいたが本当だろうか。嫌な予感がするのだが」
「心配してもしょうがねえだろ。今は夜までに山を登りきる事だけ考えようぜ」
 コメッティーノはゼクトの肩を一つ叩いて南門から山道を登り始めた。

 

西 風笛島

 リンとリチャードは一泊の宿を提供してくれたドン・ブーロに礼を言い、海に向かった。やがて前方に岩だらけの島が見えたが、ドン・ブーロの言葉通り、数隻のバトルシップが停泊していた。
「どうしよう、リチャード」
 海上を漂いながらリンが言った。
「お前だったらどうする?」とリチャードが尋ね返した。
「あはは、とりあえず頼んでみようかな、なんてね」
「そうしよう」
「えっ」
 リンが驚いている内にリチャードはさっさと一隻のシップに向かった。

 近付いてくる不審者を認めて停泊中のシップの上には緊張が走った。
「止まれ。それ以上接近すると攻撃する。繰り返す。止まれ」
 シップから切羽詰った警告が聞こえたが、リチャードはお構いなしに船上に降り立った。
「貴様、こんな真似をしてただで済むと思っているのか」と言ってキャプテンらしき男が立ちはだかった。

「実はな」
 リチャードはお構いなしに口を開いた。
「錬金塔に行きたいんだが」
 船上の誰もがあんぐりと口を開けたまま一言も発しなかった。追いついたリンも心配そうにリチャードの顔を覗き込んだ。
「もう一度言ってくれ。聞き間違えた気がする」
 キャプテンの顔は心なしか青ざめていた。
「もう一度言おう。錬金塔に行きたいので入り口まで案内してくれないか?」
「き、貴様、本気か。大体ここの入り口から入るには通行証が必要で……いやいや、そんな問題ではない。一体、何の用があるというのだ?」
「うむ、あまり大きな声では言えないが――塔を破壊しようと思ってな」

 リチャードの一言で船上は一気にざわついた。キャプテンは周囲を見回し、大きな息を一つ吐いた。
「わ、私では決められん。あ、あそこの大きなシップ、あそこに提督殿がいらっしゃるから、そっちに行ってくれないか。頼むからここで騒ぎを起こさないでくれ」
 リンとリチャードは再び空中に上がった。
「ひどい軍だね」
 リンがくすくす笑った。
「ああ、マンスールのせいで士気が落ちているとは思っていたが、ここまでとはな。さあ、最高責任者の所に行くぞ」

 
 リンたちは少し離れた海上に停泊中のシップに降り立った。先ほどのシップとは違って統制が保たれているのだろう、降り立った瞬間に武装した海兵たちに取り囲まれた。
「戦いに来た訳じゃない。提督に会いたいんだ」
 リチャードが言うと一人の海兵が伝令に走っていった。しばらくすると赤銅色に日焼けした体格の良い初老の男が現れた。
「これは提督」とリチャードが恭しく挨拶をした。
「久しぶりだ。リチャード・センテニア。そちらがリン文月だな。ラカ・ジョンストンだ。今は提督ではなく沿岸パトロール隊長だよ」
 提督は自己紹介をした後、リンたちをしげしげと見た。
「なるほど、『錬金塔を破壊するとほざく狂人がいる』という連絡があったが、君たちか。ならば合点がいく」
「西の入り口から潜入したいのですが、許可して頂けないでしょうか?」
「君たちの仲間がボンボネラ収容所からシェイ将軍を救出したという話を聞いた。友人を救い出してくれたその恩に報いたいが、どうやら今がその時のようだ」
 ジョンストン提督はリンたちに向かって敬礼をした。それに合わせて船上の海兵たちも敬礼した。

「しかし」とリチャードは言った。「塔の破壊によって帝国はこの星での支配権を失います。構わないのですか?」
「帝国とは大帝の帝国であってマンスールのものではない。私たちはマンスールに従うつもりなどないし、大帝はこの判断を支持されると信じている」
「わかりました。提督。連邦にいらっしゃって下さい。将軍たちもお待ちです」
「ありがたい言葉。この星を良くするためであれば帝国も連邦も関係ない。マンスールのような外道を排除しない事には安全に暮らせる世界にならないからな」
 ジョンストンは島を指差した。
「塔まではさほど警戒はきつくないので昼過ぎには着く。ご武運を」

 

南 ホーリィプレイス

 雷牙はナーマッドラグの墓地に仮埋葬された。朝から葬儀があり、王先生、ミミィ、青龍、白龍、GMM、ルカレッリ、ドウェインらが順番に別れを告げて、最後に水牙が亡骸に土をかけた。水牙は黙ったままで何を考えているかわからなかった。
 水牙を除いた全員がナーマッドラグの広場に戻った。
「水牙あんちゃん、大丈夫かなあ」と白龍が心配そうに言った。
「ここで潰れるようならそこまでの人間じゃて」と王先生が言った。
「あの、こんな時にする話ではないのかもしれませんが」とドウェインが申し訳なさそうに言った。「この後の計画ですが、どういたしましょうか?」

「予定通り、夜までに塔に侵入する」
 いつの間に現れたのか、水牙の声に皆驚いて振り向いた。
「ふむ……のお、水牙」と王先生が意味ありげな笑みを浮かべた。「わしらは少し休むが、お前は一人で行くつもりか?」
「無論です」
「そうか。なら止めはせん。わしらはここで人探しをせんといかんのだ――のぉ、ドウェイン」
「はあ、マザーがお隠れになっているとしたら、やはりこの辺りの可能性が高いです」

「わしが一緒に行こう」
 GMMが足をひきずりながら近づいた。
「あんたの仲間には世話になっているしな」
「それはよい」と王先生は満足そうに言った。「GMM殿、よろしく頼みますぞ」

 
 水牙とGMMはネコンロに向けて出発した。GMMの足の具合を考えて途中までルカレッリ一味のバイクに分乗して進んだ。
 昼頃にネコンロ山に続く山道の入り口に出た付近でGMMがバイクを降りて言った。
「このへんで昼飯にしないかい」
 車座に座って黙々と昼食を取る中、水牙だけは一人離れた場所で目を瞑っていた。
「山道の中腹に詰所があるがそこまではバイクで行ける。お前らはそこまで一緒に行ってくれ。後はわしらだけで進む」とGMMがルカレッリに言った。
「GMM、足は大丈夫か?」
「なあに、たまには無理せんとなあ。心配するな」

 
 水牙たちは山道の中腹でルカレッリたちと別れた。
「本当に無理すんなよ。若くねえんだから」とルカレッリが言った。「……水牙さんもお気をつけて」
 ルカレッリたちを見送り、二人きりになった所でGMMが水牙に言った。
「もうしばらく登ったら鉄の門と詰所があって、そこに秘密警察がいるはずだ」
「わかりました」
「なあ、水牙さん。あんた死のうとしてるな」
「……」
「それで弟さんが喜ぶかな」
「構わないで下さい」
「わしはあんたのパートナーだ。あんたに死なれてわし一人で塔を落とせと言われてもな」
「GMMさん」と言って水牙はGMMに向き合った。「でしたら、ここから先は某一人で行きます。あなたのお手を煩わせるまでもない」
「わしは別の地区から移動中だったんであんたの力を直接見てはいないが、それは凄い冷気だったらしいな。でもあんた一人じゃ無理だ。わしの協力が――」
 GMMは途中まで言いかけて止めた。二人連れが山を降りてくるのが目に入ったためだ。
「おや、お客さんが来たようだ」と言ってGMMは目をこらした。
「――あれは」
 水牙も迫る人影を凝視した。
「某の客人です。GMMさんはここにいて下さい」

 
 山を降りてきたのは剣を携えた額に大きな傷のある男と彼に付き添うように槍を持った青年だった。
 額に傷のある男は水牙が一人で山を登ってくる姿を見て足を止めた。
「久しぶりだな」
「……生きていたか、神火」
「ふん、あのくらいで死んでたまるか」
「《将の星》には戻ったのか。烈火たちや明風殿も心配されている」
「ここにいる大火が教えてくれた。お前に尻尾を振ったとな。あんな腰抜けどもの所に帰って何の意味がある」
「……何故ここに?」
「おれはもう《将の星》の将軍ではない。マンスール秘密警察の一員だ」
 神火はヒステリックに頬をひきつらせて笑った。
「未来は自らの力で切り開く。そう思い仕官に来たら、連邦のネズミが騒いでいた。秘密警察に入り、ネコンロ山にいればお前らが来ると踏んだ。この傷の礼もしたいしな――お前、コメッティーノ、リチャード、ゼクト、そしてあのリンとか言う小僧、順番に片付けてやるよ。手始めがお前なのは嬉しい限りだ」
「……戦うしかないか」
「ははは、お前の守りの剣では勝ち目がないのは承知の上でか」
 神火は剣を抜いた。その刀身からは熱気がほとばしった。
「いくぞ」

 
 水牙は山道を猛烈な勢いで駆け降りる神火の剣を『凍土の怒り』で受け止め、押し返した。五合、六合と斬り交わすうちに神火が「おや」という表情を見せた。
「剣を変えたか。だが剣技までは変わらない。永遠におれの『炎蛇剣』には勝てんのだ」
 神火が息を一つ吐くと、炎が渦を巻きながら刀身から噴き出した。
 水牙はかろうじて剣を受け止め、再びつばぜり合いの姿勢になった。
「さあ、早くしないと焼け死ぬぞ。いつものように「水壁」を使え。だがなあ、今のおれはそんなもんを屁ともしないぞ。恨みの炎で焼け死ぬがいい!」

 水牙が目を瞑り意識を集中すると徐々に足元から冷気が上がった。神火は自ら生み出した炎の渦が凍り付くのを驚愕の表情で見つめた。
「――な、馬鹿な。おれの炎が凍りつくなど、あってたまるか」
「もう遅い。足元を見ろ」
 水牙が冷ややかに言うと、すでに神火の膝元まで凍り出していた。
「……うそだ、うそだ。おれは負けん、負けんぞ」
 胸元近くまで凍りつき、言葉も自由に発せなくなった神火を見て、水牙は体を離し、上段に振りかぶった。
「貴様にはこの状態で苦しみながら死んでいってもらう」
 その目には何のためらいもなかった。

「待ってくれ!」
 剣を振り下ろそうとした瞬間、それまで背後で見守っていた大火が飛び出した。大火は水牙とほとんど凍りついた神火の間に割り入って土下座をした。
 水牙は剣を振り上げたまま動きを止めた。
「待ってくれ。確かに大兄者はあんたを殺そうとした。ここで殺されても文句は言えねえ。でも、でも、おれにとっては大事な兄貴だ。大兄者を殺すなら、まずはおれを殺してからにしてくれ」
 研ぎ澄まされた氷のようだった水牙の表情に一瞬、ためらいが走った。

「そこをどけ、大火」
 改めて剣を振りかぶると、再び冷気が巻き起こった。
「いやだ、おれを先に殺せ」
 大火は涙でくしゃくしゃの顔を上げた。
「それが望みならそうしてやろう」

 
「ふう、ふう。おい、水牙、そのくらいにしておけ」
 ようやく追いついたGMMが叫んだ。
「もう勝負はついたろう」
「……」
 水牙は何も言わなかった。
「事情はよく知らんが、そこの弟さんの兄を想う気持ちが届いたはずだ。それがわからないお前さんじゃあるまい」
「……」
「それともそんな気持ちまで失ったか。だとしたらお前さんはただの鬼だ。わしは山を降りさせてもらうよ」
「……」
「邪道を憎むあまり、お前さんまで邪鬼になってどうする。雷牙はそんなのを望んでおらんはずだぞ。そこの弟さんを雷牙だと思えばできないはずだ」

「……雷牙、すまない」
 水牙は剣を力なく下ろすと、地面に膝をついて人目もはばからず泣き出した。
「さあ、弟さん」とGMMは大火に声をかけた。「早くお兄さんを連れて山を降りなさい。もうすぐここも戦場に変わる」
「――ありがとうよ」
 大火は青ざめた顔で立ち上がり、自らの槍で小さな炎を作り、神火の凍りついた足元を溶かした。足元だけ自由になったのを見計らって大火は神火に肩を貸してのろのろと山を降りた。大火に抱えられた神火は一度だけ跪く水牙を振り返り何かを言おうとしたが、咳き込むだけで言葉が出なかった。

 
 神火たちが行ったのを確認してからGMMが歩み寄り、そっと肩に手をかけた。
「今のうちに泣けるだけ泣いておけ。間もなく、泣く事も許されなくなる」
「……どうすれば、どうすればいいのでしょう」
「雷牙がお前さんを助けようとして死んだのは変えようがない事実だ。それを受け入れ、生きるしかない」
「……怒りに捉われると自分を制御できなくなってしまいます」
「そのままでいい。お前さんならそのうちにその恐ろしい剣の力をコントロールできる。現にさっきの兄弟を見て剣を振り下ろすのを止めただろう」

「GMMさん」
 顔を上げた水牙の顔には少し赤味が差していた。
「どうすればあなたのように他人に優しくなれますか?」
「何だって?」
 GMMは突然の質問に慌てたようだった。
「わしも昔はもう少しとんがってたんだがな。不謹慎な話だが死期が近いせいかもな」
「確かに不謹慎な冗談です」
 ようやく水牙に少しだけ笑顔が戻った。

 
 しばらくして水牙たちは山道をふさぐ大きな鉄の門と詰所に着いた。
「さてと、あれを突破すれば後は山頂まで一息。どうにか間に合いそうだな」
 GMMが少し疲れた声で言った。
「ええ、GMMさん、お疲れでしょう。ここで休んでいて下さい」
 水牙は一人で詰所に向かい、五分と経たない内に戻ってきた。
「終わりました。さあ、行きましょう」
 二人が登っていくと鉄の門はきれいに開け放たれていた。
「凍りつかせたんじゃないのか?」とGMMが尋ねた。
「いえ、通常の『水流剣』で、警護の人間にはどいてもらいました」
「ふーん、お前さん、強いねえ」

 
 さらに進むと目の前に錬金塔の全体が見えた。塔は大きく下層、中層、上層の三層から成っていて、地上からは見えない最上部にレーザー照射装置があるはずだった。
「まだ誰も潜入に成功した者はおらんのだよ」とGMMが恨めしそうに塔を見上げた。「わしの知り合いにも潜入しようとして、それきり帰ってこなかった奴が何人もいる」
「あの中段あたりで飛び回っているのは?」
 水牙は塔の膨らんだ中層部のあたりに蠢くいくつもの黒い影を指差して尋ねた。
「さあな、悪魔が住んでるという噂もある。機械仕掛けの鳥だという説もある。夜になればわかるよ」
「突入まで休憩しましょう。合図は恐らく北から上がると思いますので、それに呼応する形になります」
「……」
 よほど疲れたのか、GMMはもう眠りについていた。

 

 6.4.4.14. ネボラ16日 夜

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