6.4.4.11. ネボラ15日

 6.4.4.12. ネボラ15日 夜

11 ネボラ15日

 

ファクトリー

 ファクトリーに夜明けが訪れた。本部棟の前で仰向けに倒れた鉄の巨人の上に座るリンの所にコメッティーノがやってきた。
「おい、リン。何の上に座ってんだ?」
 コメッティーノが笑いながら話しかけた。
「よく設備を止められたね」
「まあ、おれは天才だからな。あんなセキュリティ破るのは訳ねえよ。おめえもぶっ壊すだけじゃなくてコンピュータくらい覚えろよ」
「そんな乱暴者みたいに言わないでよ。僕だって大学で習ったけど……きっとレベル低いんだろうなあ」
「へえ、こりゃ意外だ。《青の星》でもコンピュータ教えてんだ。星間コンピューティングの基礎くらいはわかんのか?」
「うーん、BASICっていうんだけど」
「はっはっは、ベーシックか、そりゃいいや。何事も基礎が大事だからな、いいんじゃねえか」
「ちぇ、ほめられてんのかバカにされてんのか――あ、リチャードとゼクトが来たよ」

 本部棟の前でコメッティーノが言った。
「おかげでファクトリーは制圧できた。いよいよこれから『錬金塔』をぶっつぶすが、南の水牙と同時に攻め込みたい。向こうは今頃、南のゲルズタンに上陸して、順調にいけば明日ホーリィプレイスに移動するから塔への進攻は明日の夜と踏んでるんだが、リチャード、リン、おめえらには別のルートを探してもらいてえんだ」
「別のルート?」とリチャードが尋ねた。
「ああ、張先生によれば西から行く地下道があるらしい。おれとゼクトはこのまま北から塔に進むんで、おめえらには西の道から攻め入ってもらいてえんだ」
「わかった。早速出かけよう」
「頼むぜ。おれはこれから先生の弟子たちやプロヴィデンスのギャングにここを掃除させるから」
 そう言ってからコメッティーノは南を指差した。
「おい、見ろよ。あれが錬金塔だ。『錬金建築』だか何だか知らねえが、気持ち悪い佇まいじゃねえか」
 朝日に照らされる錬金塔を目の当たりにしてリンは思った。
 ――『バベルの塔』が現存するならあんな感じかな

 

南 ゲルズタン

 水牙たちはドウェインの用意したバトルシップで海を進んだ。
「見えましたよ。ゲルズタンの町です」
 ドウェインが声を上げると船内に緊張が走った。
「敵は手ぐすね引いて待っているだろうな」
 シェイが呟くと、ドウェインが「そう言えば昨夜モータータウンのファクトリーで騒動があったみたいですよ」と言った。
「モータータウン?それはコメッティーノたちでしょう。兄貴、おれたちも急がないと」
 雷牙が目を輝かせて言ったが、水牙は黙って頷くだけだった。

「では某と雷牙、シェイ将軍、青龍、白龍で先陣を切ります。港を制圧次第合図しますので上陸を開始して下さい」
 水牙が説明を終え、全員が戦闘体制に入った。雷牙のクラウド・シップに全員が乗り込み、低空を進んだ。
「気をつけろよ。あまり高く飛ぶと錬金塔の餌食だぞ」と水牙が声をかけた。
「わかってるって、兄貴は心配性だな」と雷牙が答えた。「そろそろ港が近いぜ。降りる人は降りてくんな」

 
 シップから水牙とシェイが降り、港で待ち伏せしていた秘密警察に背後から襲い掛かった。秘密警察は不意をつかれ混乱し、蜘蛛の子を散らすように無秩序に逃げ出した。
「元帝国将軍シェイだ。命が惜しくない奴はいるか。相手になってやるぞ」とシェイが桟橋に立って大声を張り上げた。「ふん、張り合いのない奴らだ」
「困ったな。街中に立てこもられると一般市民が巻き添えを食うかもしれない」
 水牙が沖合のシップに合図をしながら言った。

 水牙とシェイに率いられた一団が港から市街地に進むと銃声が聞こえた。何人かの市民が港に向かって駆けてきた。そのうちの一人の男がドウェインに気づき「ああ、ドウェインさん、良かった。秘密警察が来てどうしようかと思ってたんですが、皆に港の方に逃げるように伝えに戻ります」と声をかけた。
「東や西に逃げた人もいますか?」とドウェインが男に尋ねた。
「ヌエヴァポルトからGMMが来るっていう噂があったんで、東は一番警護がきついんです。あっちには逃げませんよ。西のホーリィプレイスには秘密警察の本部があるんで、そっちもだめ。困ってたんです」
 ぺこりと頭を下げてから男が市街地に戻るのを見た水牙も男と一緒に走り出した。
「某も行こう。町の人たちを救い出しましょう」

 町に入ると中心部の広場付近は銃撃戦の様相を呈していて、無防備の市民たちが逃げ惑っていた。水牙は先導してくれた男に声をかけた。
「あなたは某の背後に隠れて」
 水牙は「水壁」と唱えて広場の中心に向かった。
「皆さん」と広場で声を張り上げた。「連邦軍が港に上陸しています。そちらに向かって逃げましょう。この水壁の中に入っていれば安全です」
 水牙は降り注ぐ銃弾を「水壁」で防ぎながら市民たちを誘導した。やがてドウェインたちが駆け付けたのを見て、再び秘密警察の立てこもるエリアに戻った。
「水牙、援護するぞ」とシェイの声が背後でした。
「将軍、あなたは東に陣取っている秘密警察を蹴散らしていただけますか。ここは某一人で十分です」

 
 およそ一時間後、すっかり静かになった町の広場にドウェインやシェイが戻った。
「東は片付いたぞ」とシェイが言った。
「これでGMMたちも安心して来れるでしょうが、それにしても来るのが遅いですな」とドウェインが心配そうに言った。「ところで水牙さんは?」
「そう言えば帰ってこないな。ほとんどの秘密警察はホーリィプレイス方面に逃げたが、深追いしている訳でもないだろうし」

 
 水牙は一軒の民家の前にいた。秘密警察が西に逃げ出す前に何発かの銃声を聞いたが、どうやらここが銃声のあった場所のようだった。水牙は慎重に民家のドアを開けた。
 家の中では何人かの秘密警察とこの家の住人らしき男が床に倒れていた。急いで抱き起こした男は胸を撃たれているようだったが、まだかすかに息があった。
「大丈夫ですか。今、助けが来ますから」
「……いい。自分の事は自分が一番よくわかる。わしはもうだめだ」
 男は老人特有のしゃがれた声をかろうじて絞り出した。
「それより、お前さんに一つ頼みがあるんじゃが」
「何ですか。言って下さい」
「わしはナッシュ。ガンスミスをやっておる。これを」
 ナッシュは胸からぶら下がっている赤い石を渡した。
「この石を孫のジェニーに渡してほしい」
「わかりました。でもジェニーさんはどこに?」
「……わしの息子からの最後の便りでは辺境にいるらしい。行く機会などないだろうが、万が一立ち寄る機会があれば約束を果たしてほしい」
「わかりました」
 水牙は老人を担ぎ上げてその場を立ち去ろうとした。
「……もう一つだけいいか……その石を届けたならジェニーにここまで来るように……見ず知らずのあんたに……あんた、名前は?」
「水牙です。公孫水牙です」
「頼む、水牙……」
 老人は水牙に抱えられたまま、覚める事のない眠りについた。

 

西 ダグランド

 リンとリチャードはファクトリーから再び西に向かい、山を一つ越えればダーランという地点にやってきた。塔の入り口は見つからなかった。
「リン、山を越える前に近くの町に寄ってみよう」とリチャードがリンに言った。
「うん」
「誰かに見張られているようだしな、誘いに乗るのも悪くない」
 リチャードはそう言ってウインクした。

 
 リンたちは山沿いの町に入った。「ダグランドにようこそ」という看板がそよ風に揺れるだけで、人の姿は見当たらなかった。
「……」
 リンが黙っているのを見てリチャードが声をかけた。
「お前も感じるか?」
「うん、いゃあな気配と――それだけじゃないよね」
「うむ、私たちに向けられている敵意とは別に、何というか、もっと根源的な念のようなものが――」
 リチャードは西のダーランとの間に見える台形の山を指差した。
「あの山から漂ってくる」
「さすがリチャードだね。ああ、何かすっきりした。さあ、町に入ろうよ」

 昼下がりの人通りが途絶えた町を歩くリンたちの前に大きなスタジアムが姿を現した。
「あ、スタジアムだ。何のスポーツかな?」
「お前の星で言うサッカーに似たスペースボールというスポーツだ」
「本当?面白そうだね」
「興味あるか?」
「うん、サッカー大好きだもん。やっぱりワールドカップとかヨーロッパカップみたいな大会があるのかな」
「あるぞ。一番大きな大会は『ギャラクシーウイナーズカップ』だったかな」
「すごいなあ。日本はプロリーグもないし、僕が生きてる間にワールドカップに出るなんて夢のまた夢みたいな状況だから、スペースボールでチャンピオンを目指そうかな」
「ははは、そう簡単ではないぞ。スペースというくらいだからな」とリチャードは笑った。「中に入ってみるか」

「あれ、サッカーのコートとはちょっと違うかな」
「だからスペースだと言ったろう。空間も使う15対15のボールゲームなんだ。あの空中に浮いているゴールがボールの支配率によって上下する。つまり支配率が高ければ相手のゴールは地面に近づきそれだけゴールはしやすくなる」
「ふーん、ボール支配率で点が取りやすくなるんだあ。リアクションやハイボール主体だと――」
「なかなかよくご存知ですな」
 突然二人の背後から声がかかった。

「これは失礼。私はダンク。このスタジアムをホームとするダグランド・オールド・ボーイズのオーナーをしております」
「ダグランド・オールド・ボーイズ?」とリチャードが尋ねた。
「はい、昨年度のチャンピオンチームです。今年度は諸事情により開催されておりませんが、正真正銘の銀河一のチームです」
「……知ってますよ。いや、チームの名を知らなくてもアンドレアス・ビゴの名前を知らなきゃモグリだ」とリチャードは苦笑しながら言った。「私はロイヤル・プラのファンなので、苦々しく思っていますが」
「おお、名門ですな」とダンクは相好を崩した。「とするとあなたは《鉄の星》のご出身ですな」
「まあ、そんな所です」
 リチャードはやや固い表情になって答えた。
「……いかがですか」とダンクが笑顔のまま言った。「お連れ様はスペースボールに初めて接されたようです。試しにやってみませんか?」
「えっ、いいの?」とリンは嬉しそうに言った後、リチャードの顔をちらりと見たが「やれやれ」という表情をするだけだった。
「とは言いますものの、正式ルールでは15人揃えないといけませんが、今はオフなので何人クラブハウスに残っているか、アンドレアスがいれば一番いいのですが――ちょっと見てきましょう」
 ダンクはいそいそとクラブハウスに向かっていった。

 ダンクを待つ間、リチャードが言った。
「リン、お前、嬉しそうだがわかっているな。時間がないんだぞ」
「大丈夫だよ。ずっと僕たちを見張ってた奴が接触してきたんだから、何を企んでるのかなあって思ってさ」
「仕方ない。ちょっと付き合ってやるか」
 ダンクが小走りで戻ってきた。
「フルメンバーではありませんが、数人おりました。しかし、フルコートではできませんな。どうでしょう。この脇に練習用のグランドがありますので、そちらでうちの選手たちと練習してみませんか?」
 リンが顔を盗み見るとリチャードは小さく頷き返した。

 
 案内されたのは、メイングランドの脇のハーフコートだった。
「ここでいかがでしょう。今から準備をいたしますので」
 ダンクがそう言って手元のスイッチを入れると、コートのある空間にいくつもの立方体の光のグリッドが浮かび上がった。
「この光のグリッドを使って攻撃や守備のフォーメーション練習をする訳ですな」
 クラブハウスから数人の選手が姿を現した。
「残念ながらアンドレアスは不在でしたが、レギュラークラスが六人残っておりました」とダンクは満足そうに言った。「さあ、装備をお渡しして」
 リンたちは装備を受け取った。ヘッドギアとショルダーパッド、ニーパッド、専用シューズ、一見するとアメリカンフットボールのプレースキッカーのような出で立ちだった。
「ご存知かもしれませんが」とダンクが笑いながら言った。「スペースボールは非常に危険な競技です。ルール上コンタクトは反則ですが、避けられない場合もあるのです。練習で怪我をしてもつまらないですからね」
「こんな重装備は必要ありませんよ」
 リチャードがにやりと笑うと、ダンクも意味ありげに笑い返した。
「なら構いませんが……ただ、グランド整備の関係上、シューズだけは履き替えて頂けますか?」

 リンたちは専用シューズを履き、練習グランドに足を踏み入れた。グランドはアンツーカーかと思っていたが、赤っぽい天然の芝生でふわふわとクッションが効いていた。リンは空に上がって空間の高さを確認した。
「空中を使って攻撃できるって楽しそうだよね」
「うむ、相手も空中にいるから攻防は見ごたえがあるぞ」
「では始めましょうか」とダンクがリンたちの所にやってきて言った。「……ただの練習でもつまらないですね。私どものチームからも二人出しますので、2対2のハーフコートマッチはいかがでしょう。あなた方はアマチュアですから1点でも取れれば勝ちという事にいたしましょう」

 相手方の二人のプレイヤーがグランドに出てきた。
「お手柔らかに」と握手をしながらリチャードが言うと、相手の大柄な選手が笑った。
「まあ、1点取れたらほめてあげるよ」と言った大柄な選手が大きく口を開けると歯が数本欠けていた。

 リンは一歩足を踏み出した瞬間、足に鉛の靴を履かされたような重さを感じた。リチャードを見ると同じ様子だった。
「いかがですか。銀河連邦の英雄諸君」
 いつの間にかダンクは観客席に移動していて、声をかけた。
「足元には強烈な磁力が流れております。そのシューズは磁力に敏感に反応する訳ですな。ですから空を飛ぶなどもってのほか、動くのもやっとでしょう――あ、シューズを脱ごうとしても無理です」
 相手方の選手たちを見ると、何ともない様子でセンターサークルにボールを置いたままニヤニヤしていた。磁力に慣れているのではなく、彼らには磁場が影響していないのだろう。

「参ったな」と少し離れた位置に立ったリチャードが言った。「こんな状況で、どうやってプレイしろと言うんだ」
 ニヤニヤ笑っていた男たちがボールをセンターサークルに残したまま、リンたちに近づいた。
「悪く思うなよ。まともにやっても勝ち目はないんでな」
「何言ってるんだ。スペースボールのプロだろ?」とリチャードが言った。
「お前こそ何言ってるんだ。おれたちゃ秘密警察だよ」
 男たちから笑顔が消え、手には棍棒のようなものを持っていた。
「こうでもしないとあんたたちには勝てないだろ?」
 男は動けないリチャードに殴りかかった。もう一人もその様子を見てリンに近付いた。
「そういうこった。お前らの旅はここで終わる」
 男の持つ鉄の鎖が手の中でじゃらじゃらと鳴った。

 リチャードは一方的に殴られながらリンを案じた。自分の体は自動装甲で守られているので全く応えなかったが、リンがうまく自然を発動できるかが心配だった。リチャードは一つ息を吸うと「わっ」と大声を出し、リンに相対する男の注意をそらした。
 その一瞬だけで十分だった。鎖を持った男が奇声に気を取られた隙に、リンは自然を発動させて気配を消した。そして重たい足を引きずりながらセンターサークルに向かって歩みを開始した。
「おい……どこに消えやがった?」
 目の前の相手が消えたのに気づいた男は慌てふためき、リチャードに対峙していた男に尋ねた。
「小僧はどこにいった?」
「知らん」

 男が殴る手をほんの少し休めた瞬間にリチャードの拳が呻りを上げ、男はグランドのはるか外まで吹っ飛んだ。
「あわわ」
 鎖を持った男が慌てて向かうと、リチャードはこれも一撃で吹き飛ばした。
「よし。後は点を入れるだけだ」
 リチャードは満足そうに言い、重たい足を動かそうとした。

 観客席でふんぞり返っていたダンクは思わず腰を浮かした。
「これはいけませんねえ。やはりあなた方のような英雄には磁力が足りなかったようですね」
 そう言って手元のコントローラーのスイッチをひねった。
「ああ、あと選手交替です」

 ベンチ脇から新たな二人の選手が登場した。最初からスペースボールをやる気などないようで武器を手に携えていた。
「親方、消えちまった小僧はどうしますかね?」と男の一人が観客席に向かって声をかけた。
「放っておけばいいでしょう。どうせ動けないのだし――それから親方という呼び方は止しなさい」
 男は小さく肩をすくめるとリチャードに近寄った。気配を消したままのリンは強くなった磁力の中を這うようにセンターサークルににじり寄った。
(大帝の重力制御に比べれば、こんなのどうってことないよ)

 リンがセンターサークルまであと数歩の所までたどり着き、背後を振り返ると、リチャードは男たちに袋叩きにされていた。とは言っても自動装甲で防御しているから、全くダメージは受けないはずだった。恐らくこちらのアクションを待っているのだろう。
 リンは深呼吸をしてからセンターサークルに置いてあるボールに足をかけ、ドリブルを開始した。傍から見るとボールが勝手にのろのろと動き出したようだった。
 リチャードもその動きを見逃さず、殴りかかる男たちを一撃で叩き伏せ、センターサークルに向かってじりじりと移動を開始した。

 ダンクはいよいよ慌てて言葉にならない言葉を叫んだ。すかさずベンチサイドから新たな二選手が登場したかと思うと、いきなり突進してきた。
 一人の男がころころとゴールに向かって勝手に動くボールに気づき、足を止めた。興味深げにボールに近づいて、ボールに触れようとした瞬間に呻き声を上げて倒れた。

「手を使ったら反則だよ」
 リンが姿を現して言った。
 もう一人の男を豪快に吹き飛ばしたリチャードがのろのろと近づいてきた。
「おい、ダンク」とリチャードが観客席に向かって言った。「もう選手はいないだろ。これからゴールするから、その後で――わかってるな」
 リンが無人のゴールに向かってボールを蹴り込み、離れた場所のリチャードとハイタッチの真似をしているのを見たダンクはそろそろと立ち上がった。
「……では私はこのへんで」
 逃げ出そうとするダンクを見てリチャードが言った。
「どうする、リン。一発お見舞いするか?」
「もういいよ。めんどくさいし」とリンは疲れた声で言った。「逃げるんなら逃げれば。スタジアムを破壊するのもいやだし」
「あのぉ」とダンクがこわごわ声をかけた。「安全な場所まで逃げおおせたなら、皆様を足止めしている磁力を切りますので、恨まないで下さいね」
 ダンクはそそくさと逃げ出した。

 
 しばらくすると逃げたはずのダンクのものらしき悲鳴がグランドまで届いた。リンたちは何が起こったのかと顔を見合わせた。
 観客席に二人の男が現れた。一人がもう一人に肩を貸していた。
「大丈夫か?」
 一人の男がグランドで寝そべるリンたちに声をかけた。
「あ、《守りの星》の」
 リンが起き上がって声を上げた。
「リン文月か。隣にいるのは……デルギウスの末裔だな。こんな場所で何をしている?」
 ダンクに騙されて、ここで磁力のスイッチが切れるのを待っていると伝えた。
「ずいぶん余裕があるな。雲の流れでは間もなく大きな事件が起こると伝えているが」
「パパーヌこそ何でこんな所にいるの?」とリンが尋ねた。
「用があって《巨大な星》に来た。雲の流れを見て心配になり、ここにいるアンドレアスに会いに来た。それだけだ」
「アンドレアス?」とリチャードが驚いたような声を上げた。「その肩を貸しているのはアンドレアス・ビゴか?」

 パパーヌの肩につかまりぐったりしていた男が顔を上げた。華奢な体つきで少年のような顔をしていた。
「やあ、ごめんね。僕らの名前をかたる奴らにひどい目に遭わされたみたいだね。練習中にいきなり秘密警察がきて僕らを監禁したんだよ」
「アンドレアスにはな」とパパーヌが言った。「『空を翔る者』の血が入っている。背中に翼はないが、こいつは私の弟のようなものだ」
「ところでさあ」とリンが尋ねた。「ダンクの悲鳴が聞こえたけど」
「……通路で会ったから処分したが」
「スイッチ持ってなかった?」

 
 パパーヌがスイッチを切って、ようやくリンたちは元通りに動けるようになった。
「ほんとにごめんね」
 アンドレアスはまだすまなそうにしていた。
「いやな時代になっちゃったよ。もうプロリーグもギャラクシーカップも開催されないのかなあ」
「さっき言ったろう」とパパーヌが言った。「雲の流れが伝えている。ここにいるこの者たちが何かをやってくれるはずだ。そうすれば昔のようにプラネットカップも再開されるかもしれない」
「プラネットカップか。懐かしい響きだな」とリチャードが感慨深げに言った。
「……あれ、あなたは」とアンドレアスが素っ頓狂な声を出した。「ロイヤル・プラのリチャード・センテニアじゃありませんか?いやあ、感激だな。伝説のスーパーディフェンダーに会えるなんて」
「こちらこそ」とリチャードが言葉を返した。「現役最高のアタッカーに会えるとはな」
「どうだ、アンドレアス」とパパーヌが真面目な顔で言った。「ロイヤル・プラに移籍するというのは」
「え、でもディフェンス重視のチームだからなあ。僕がフィットするかなあ」
「いや、アンドレアス。こちらは大歓迎だ」とリチャードが言った。「私はチームオーナーでもあるから即決だ。まあ、その前にこの星を解放しないといけないが」

「デルギウスの末裔よ。主なら理解できるだろう」
 パパーヌが静かな声で言った。
「我々、空を翔る者が、主ら『持たざる者』の世界で頭角を表すには、アンドレアスのように一芸に秀でていないとならない。アンドレアスとて大変な苦労をしてここまで登り詰めた。見世物小屋で働く空を翔る者の母親と持たざる者の父親の間に生まれたが、見世物小屋の興行主は幼いアンドレアスにも空を飛ばせようとしたのだ。翼のないアンドレアスは血の滲むような特訓を積み、自由に重力を制御できるようになった。私が解放するために小屋に赴いた時にはもう両親はこの世を去った後で、暗い顔をしたこいつが湿っぽい小屋の隅でぼぉっと座っていた。才能のあるアンドレアスでさえ、そのような待遇だった。そうでない者は皆、奴隷だ」
「……」
「主の先祖、デルギウスが作り上げた銀河の叡智は、結局持たざる者の繁栄をもたらしただけにすぎない。我ら三界は敗者なのだ」
「……」
「今、連邦と帝国の間で争っているが、所詮持たざる者のための戦い、恐らく連邦が勝利するだろうが、我々から見ればデルギウスの時代と何も変わらない」
「いや、待ってくれ」とリチャードが言った。「私たちが解放した、そう、例えば《再生の星》、そこでは異世界の者と持たざる者が協力しながら星を育てている。私はあの星で種族に関係なく共存する姿こそが新しい銀河の始まりだと思う」
「……ならばお手並み拝見といこう。ただ、三界はいつまでも虐げられたままではないぞ。激しい雲の流れはそこまでやってきている」
「期待に応えるように努力するよ」

「それより主ら、禍々しい塔はもっと東だぞ。言われなくても見えるだろうが」
 パパーヌが不思議そうに尋ねた。
「西の入り口が見つからないんだ」とリンは答えた。
「西?お主ら、西に見える山に登るつもりではないだろうな」
「登られては困るか。山の頂上で何か行われているとでも言うのか?」
 リチャードが山を指差して尋ねた。
「お主」と言ってパパーヌはリチャードを睨み付けた。「……忠告しておく。あの山には絶対に近づくな。『比翼の中に眠る』、どうせこう言ってもわからんだろうがな。その代わり、一つ情報を教えよう。主らが探す塔の入り口は西の海にある」

 

 6.4.4.12. ネボラ15日 夜

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