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10 ネボラ14日
モータータウン 西
リンとリチャードはフォローから東に向かう途中の山の麓に差し掛かった。
「この山を登り切るとそこがモータータウンだが、各地の動きから考えてファクトリー解放の決行日は今夜になる可能性が高い。急いで登るぞ」とリチャードが言った。
「あれ、何かなあ?」
リンが遠くを指差すと、そこには編隊を組んで飛ぶリーパーがいた。
「新型のシップのようだ。今は事を荒立てないようにしよう。後で嫌と言うくらい奴らと戦う」
モータータウン 東
コメッティーノが張先生の隠れ家でお茶を飲んでいるとゼクトが戻った。
「どうやら間に合ったみてえだな。収穫はあったかい?」
「ああ、お前の足を引っ張らずに戦えそうだ」とゼクトは微笑んだ。
「そりゃ心強いや。リンとリチャードも今頃はファクトリーの西側で待ってんだろう。少し休んだら出発するぜ」
ファクトリー
コメッティーノとゼクトは隠れ家を出てファクトリーの東門に向かった。用心棒たちはオチョワと張先生の弟子たちに任せていたが、あらかた整理したようだった。
「コメッティーノ、どうやってリンたちと合図をする?」
「決めてねえよ。どっちかが派手に門を破ればファクトリーの警戒警報が鳴るだろ。それが合図でいいんじゃねえか」
「相変わらず適当だな」
「まあな、ではゼクトさん、記念すべき一発目を『真空剣』でびしっと決めてくださいませんかね」
ゼクトはファクトリーの東門に照準を合わせ、真空剣を撃ち込んだ。ぐわしゃんという音がして鉄の扉は変形し、大きな穴が開いた。
「よし、行こうぜ」
二人はファクトリーの内部に入った。
「リン」
人がほとんど通らないファクトリーの西門付近にいたリチャードは言った。
「警報音だ。始まったぞ」
「先を越されたね。僕らも入ろうよ」
リンは天然拳を鉄の門に撃ち込んだ。門は跡形もなく消え去り、二人は中に入った。
コメッティーノとゼクトの前に武装した警備の男たちが立ちはだかった。コメッティーノは目にも止まらぬ動きで男たちを倒した。ゼクトを取り囲んだ男たちは全身から発する無数の刃で倒された。
「へえ、ゼクト。それが新しい技か」
コメッティーノが感心したように言った。
「うむ、『風切の刃』だ」
「おれは右手に行ってファクトリーの制御系を破壊する。おめえは左手に行って生産設備を停止させてくれ」
西門付近に機械兵器の格納庫があり、東門の暴徒を鎮圧するために向かうリーパーやアームド・スーツが大挙して出撃準備をしていたが、突然に門が開き、混乱に陥った。浮き足立つ僅かな数の警備の男たちをリチャードは打ち倒した。
「リン、気をつけろよ。見た事のない機械兵器たちだ。このままこいつらを打ち破って東に行ってくれ。私はこのまま南の生産設備に向かう。では後で会おう」
リンは左手に見える格納庫に向かって天然拳を放ち、そのまま東門への道をふさぐリーパーたちを蹴散らした。
ファクトリーの中央付近までリーパーたちを片付けながら進むと、左手には本部棟だろうか、高い建物が立っていた。右手に目を向けると屋根の低い生産設備が魚の鱗のように立ち並んでいたが、あちらこちらから煙が上がるのが見えた。すでにコメッティーノたちが兵器を破壊しているのだろう、そう考えて南に向かおうとした時、左手の本部棟でも激しい物音がして窓から人が降ってきた。
「あれ、左でも右でも騒ぎが起こってる――ゼクトもいるのかな」
ぽんと手を打った背後にアームド・スーツの一群が迫って銃撃を行った。慌ててそれを避けたが、リーパーとアームド・スーツに取り囲まれた。
「仕方ないなあ」
リンが背中の剣をつかみ地面に突き立てると、まぶしい白い光の柱が勢いよく上がった。
ゼクトは振り返って白い光の柱を見た。
「リンの登場か」
前に向き直り、向かってくるリーパーたちに次々と刃を浴びせた。今までの真空剣とは違ってほとんど予備動作なしで真空の刃を出せるようになった。真空剣に比べれば威力は小さかったが通常の戦闘では十分だ、ゼクトは初めての実践で自分の能力に満足した。
何気なく右手の後方に目をやると、そちらでも煙が上がっていた。
「あれはリチャードか?」
リチャードは前方左手の煙に気づいた。
「ゼクトか?……真空剣にしては規模が小さいようだが」
襲い掛かるアームド・スーツを蹴散らしながら独り言を言った。
「もう少し進んだらあっちと合流するか」
コメッティーノは外が白く光ったのに気づいて、今しがた破壊した本部棟の窓から外を見下ろした。
「おい、リン」
窓から身を乗り出して声をかけた。
「コメッティーノ。久しぶり」
リンは窓を見上げてにこりと微笑んだ。
「僕もそっちに行った方がいい?」
「いや、こっちはおれがどうにかする。おめえはそのへんで機械相手に遊んでてくれよ。また後で会おうな」
そう言ってコメッティーノの姿は消えた。
リンが見送っていると、後方からアームド・スーツの一団と自走式のレーザー砲を備えた装甲車両が近づいた。
「また来た」
リンは剣を抜き、車両に向かって天然拳を放った。
ゼクトは敷地の南端、『錬金塔』に続く南門が見える場所までたどり着いた。
「地上の奴らはあらかた駆逐できたな。リチャードと合流するか」
右手に向かって歩き出し、時折空から襲ってくるリーパーを撃ち落した。
やがて、もうもうたる煙の向こうにリチャードの姿が見えた。
「久しぶりだな、リチャード」
ゼクトが声をかけると煙の向こうからも声が返った。
「ゼクトか、派手にやってるな」
リチャードが姿を現した。
「さて、これからどうするか」
「制御装置を破壊するから生産設備は停止させるだけにしておけ、とコメッティーノが言っていた。リンの所にでも戻るか、それともこのまま南門を解放するか」
「いや、そうでもないようだぞ」
リチャードが指差す先には、真っ黒の大きな物体がこちらに向かってぎくしゃくと中央の通路を歩いてくるのが見えた。
「ここが制御室だな」
コメッティーノは本部棟に侵入し、所員たちを打ち倒しながら地下の一室の前に立った。静まり返った部屋に滑り込み、装置を監視している所員たちの首筋を軽く叩いて気絶させた。
「こいつをやっつければ生産設備は稼動停止するはずだが」
慎重に装置を見回すと呼吸を整え、「極指奥義、壊」と唱えてから装置に手を当て、力を込めた。装置は二、三回小さく振動し、動きを止めた。
「よし、これで……ん、何か変だぞ。ははーん、こりゃフェイクだな。本物の制御装置は別の場所にあるんだな」
コメッティーノは踵を返して部屋を出た。
リンの目の前には鉄の巨人が立ちはだかった。
「わあ、遺跡を守る何とか兵みたいのが出てきた」
四、五階建ての本部棟と同じくらいの大きさの巨人の周りをリーパーが飛び回りながら襲い掛かる機会を窺っていた。
「ちょっと遊ぼうかな」
リンは巨人の体によじ登った。
リチャードとゼクトの前にも鉄の巨人が姿を現していた。
「いかにも動きの鈍そうな鉄の塊が現れたな」
リチャードが呟くとゼクトは笑いながら「でも硬いぞ」と言った。
「引っくり返せば勝ちさ」
リチャードは巨人に向かい、ゼクトが風切の刃で巨人の周りを飛び回るリーパーたちを撃ち落した。
リチャードは巨人の足に取り付くと渾身の力を込めた。
「ぐ、ふぉ」という音を上げながら、少しずつ巨人の左足が持ち上がっていった。腰を落として一気に足を持ち上げそのまま放り上げると、巨人は片足立ちのままゆっくりと仰向けに倒れた。
「まだクグツの方がよくできている。でくのぼうのプロトタイプだな」
リチャードは起き上がろうとして手足をばたばたさせている巨人を見ながら言った。
ゼクトは静かに真空剣の構えに入った。
コメッティーノは制御室の隅にあった更に地下に続く抜け穴を発見した。抜け穴を抜けるとまっすぐな細い通路が続いていた。やがて眼の前に猛烈な勢いで回転する扇風機の羽を大きくしたような円形のファンが通路を塞いでいるのが見えた。
「こりゃとんだセキュリティだな。スイッチ探すのもめんどくせえし、通らせてもらうか」
一つ息を吐くと、高速で回転する刃のタイミングを測りながら、その中に飛び込んだ。
高速で回転する刃をすり抜けた先には細い通路がさらに続いており、コメッティーノが進むと周囲から機械の音声が響いた。
「セキュリティレベル2、認証開始……認証できません。認証……認証できません。停止して下さい。画像一致しない場合は不審者として攻撃します。停止して下さい」
「っせえなあ」
コメッティーノの「コンピュート」という言葉を合図に空間にスクリーンが浮かび上がった。右手を空間にかざして猛烈な勢いで指を動かし始めると、空間にあっという間に文字列が溢れ出し「エンター」という言葉と共に文字列が消えた。それと同時にあれほど騒々しかったセキュリティの警告がぴたりと止んだ。
「ふふん、機械ごときが天才に命令するなんざ、百年早いわ」
通路の突き当たりの小部屋に入ると再び警告が聞こえた。
「セキュリティレベル3、認証不可。攻撃体制に移行」
部屋の左右の壁から金属の触手が三本ずつ現れた。コメッティーノは「コンピュート」と再び言って右手の空間にスクリーンを出し、猛烈な勢いで指を動かし始める一方で、金属の触手の攻撃に備えた。
触手が侵入者の姿を捕捉し、六本の口から小型の追尾型のミサイルを放った。コメッティーノは攻撃を避けながら右手を忙しく動かした。何回目かの「エンター」で正面の壁が開き、制御装置の本体が姿を現した。
「ようやくお出ましか。両方いっぺんにやらせてもらうぜ」
相変わらず右手を動かしながら、左の壁の触手に向かった。
「極指、壊」
壁に手を当てて力を入れると、壁の内部で破壊音がし、触手は力なくぼとりと床に落ちた。
左の壁からの攻撃がなくなったので、少し余裕を持ち右手で文字列を打ち込んだ。何度か「エンター」を試みたが制御装置に変化はなかった。
「さすがに手強いな。何重のセキュリティかけてんだ」
さらに何回かの「エンター」を繰り返すと、突然に右の壁の触手の動きが止まり、床に落ちた。
「ふぅ、やっとアプリケーションレイヤー停止かよ。お次は何だ、ミドルウエアか」
さらに両手を使って文字列を空間に打ち込んだ。やがて制御装置がぶるっと動いた。
「ミドルウエア終了。これでおめえは丸裸、星間コンピューティングからはずれたスタンドアローンの鉄の塊だ――なあ、こっからどうするか知ってるかい。こうすんだよ!」
鉄の塊となった制御装置に手を当て、全身の力を込めた。
リンが倒れた鉄の巨人の足をぽんぽんと触っていると、それまでどこかで鳴っていた地鳴りのような音がぴたりと止んだ。
「あれ、急に静かになった。終わったのかな?」
南門に近い場所でもリチャードたちが変化に気づいた。
「おい、急に静かになったぞ」とゼクトが尋ねた。
「ああ、どうやら地下の生産設備が停止したようだ。コメッティーノがぶっ壊したんだろ」
コメッティーノは制御装置のある部屋を出た。
「帝国ネットワークのアクセス制御があるのは当然だが、まさか《享楽の星》のネットワークの制御もあるとはな……」