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9 ネボラ13日 夜
モータータウン
コメッティーノは敵意に満ちた視線を浴びながら歩いた。
モータータウンは元々産業の町として発展した。企業の工場が多く集まり、他の星からも労働者が押し寄せ、町は『ブームタウン』として活気に満ちていた。
だが今はどこか違っていた。夜のダウンタウンには人が溢れ返っていたが、一日の労働を終えたという、うきうきした楽しげな雰囲気は伝わってこなかった。戦場にある殺伐とした空気があちらこちらの店から漂った。
コメッティーノの放つオーラに引き寄せられるのか、目つきの悪い男たちが店の中から外から容赦のない視線を浴びせた。
ようやく目当ての酒場を発見した。スイングドアを開けて中に入ると喧騒はぴたりと止み、ここでも店内の客の注目を一身に浴びた。
「マスター、久しぶりだな」
コメッティーノはゆっくりとカウンターに向かい、手を上げて挨拶した。
マスターはコメッティーノをちらっと見ただけですぐに顔を伏せて仕事に戻った。
「おやおや、とんだ所に迷い込んじまったみてえだな」と言って、一つ伸びをした。「んじゃあ、一仕事すっか」
言葉が終わらないうちに背後から屈強な男たちが飛び掛った。コメッティーノは素早い動きで男たちの急所を突いた。傍目からは飛び掛った男たちが勝手に倒れたように見えた。
店内にいた男たちが一斉に立ち上がり、武器を構えた。
「店内を荒らしちゃいけねえしなあ」
コメッティーノは店の外に向かって移動した。移動と言ってもあまりにも速いために、道を塞ぐ男たちが倒れて道を空けたようにしか見えなかった。
外に出ると慌てて男たちが追いかけてきた。
「この野郎、怪しい技使いやがって。てめえ、連邦のもんだろ」
「おめえらこそファクトリーの労働者にゃ見えねえな」
コメッティーノがにやりと笑った。
「ノーザン・ダイナスティに雇われてるれっきとした労働者よ。てめえみてえな怪しいのが来たら消すように言われてんだ」
「ははは、労働者か。大分筋の悪い労働者だな。そのノーザン何とかって会社もロクなもんじゃねえな」
「バカ野郎、マンスール様が直々に経営される健全企業だ――皆、やっちまえ」
男は威勢よく言ってから辺りを見回したが、残りの男たちはすでに地面に倒れていた。
「ぐだぐだ喋ってる間に全員眠ってもらったよ――おっと、おめえは逃げようったってそうはいかねえ。もうおれの命令以外では動けねえよ」
男は脂汗を流して「ちきしょぉ、ちきしょぉ」と言いながらじっと立っていた。
コメッティーノは男を引き連れて店に戻った。
「マスター、騒がせちまったな」
「相変わらず強いな。ほれ、これが先生からの手紙だ――あんたの友達は、つい先日ここに来たけど、北に行くって出てっちまったよ」
「ゼクトか。奴がいてくれりゃ心強い――何、先生からの手紙と、ふむふむ。マスターが場所知ってるから案内してもらえってよ。面倒くせえことすんなあ」
「案内するさ。ところでこいつらの始末とかそこに突っ立ってる男とかどうすんだい?」
「こいつらか。オチョワって奴が町の外にいるからそいつらに始末させるよ。こいつには聞きたい事があんだ――おい、おめえ、元々、この隣の山は色んな企業の工場が集まってたんだ。それをマンスールが召し上げてノーザン何とかに変えちまったんだな?」
「よくわかんねえけど、今ファクトリーにはノーザン・ダイナスティ社しかねえよ」
男は泣きそうな声で答えた。
「ファクトリーはおめえらみてえな者が守ってんのか?」
「いや、おれらは外だけだ。中には労働者もほとんどいやしねえ。いるのは秘密警察と後は……殺人機械だって噂だ」
「殺人機械……あのリーパーっていうバイクか?」
「バイクじゃねえ。人が乗って操作すんのは一緒だがアームド・スーツとか呼ばれるやつだ」
「ふーん、やりがいがあんな。あんがとよ――じゃあマスター、先生の所に行きますか?」
「おい、おれは?」
体の自由が利かない男が半べそで叫んだ。
「知らねえよ。人が来たら命乞いでもしろ」
コメッティーノは張先生の下に向かった。
「道場はどうなったんだい?」
「閉鎖された。先生は隠れて暮らしてらっしゃる」
やがて町はずれの一軒のあばら家に着いた。マスターが「私です」と戸をノックすると、弟子らしき青年が顔を出した。
「コメッティーノを連れてきた。仕事があるんでこれで」
「おお、伝説の『極指拳』の使い手」
青年は目を輝かせ、地下に続く扉を開けた。
張先生は布団に横たわっていた。コメッティーノの来訪を告げられると、起き上がり、手招きをした。
「……すまんな。声をあまり張れんのだ」と先生は言った。「よく来てくれた」
「先生、大丈夫か?」
「ちょっと疲れただけだ。まだ老け込む年でもない。お主ら、あの塔を破壊しに来たのじゃろ。なら、その前にファクトリーを解放せにゃならん。わかっとるな」
「ああ。明日の夜に決行しようと思ってる」
「こちらからはお主とゼクト、あやつは間もなく力をつけて戻るじゃろ。西からも誰ぞ攻めるのか?」
「リチャードとリンだ」
「ふむ、『銀河の英雄』と『星を破壊する男』か。十分じゃな。で、南は?」
「水牙が。それにGMMとルカレッリが向かってる」
「……水牙か。弱点を克服できていればいいが――まあ、それだけの人材が揃っていればいい勝負じゃろ」
「秘密警察も手ごたえがないしな」
「お主らが強すぎるだけじゃ――だがここからはマンスールも本気じゃぞ。奴の怪しげな術に気をつけるのじゃな」
南 ショコノ
「さすがはシェイ将軍ですな」
ショコノにあるゲリラのアジトでドウェインが感激した面持ちで言った。
「ゲルズタンの港を封鎖中のバトルシップを説得して退かせるとは」
「当然です」とシェイは言った。「誰もマンスールのために戦おうなどと思ってはいない。帝国軍人としての誇りです」
「明朝、ゲルズタンに上陸したいのですが……水牙殿はまだ帰ってこられませんか」
「いや、もうすぐ帰ってくるじゃろ」と王先生が言った。「心配せんでもいい」
深夜になって水牙が白龍を連れて戻った。水牙は相変わらず浮かない顔をしていた。王先生は何も言わずに水牙をねぎらい、白龍を皆に紹介した。
王宮
「マンスール様、朗報でございます。バゴン将軍を捕えました」
「よし、ようやくこちらにも良い風が吹いてきた」
「……ところでマンスール様、これは……」
報告に来た文官はマンスールの前に立つ異形の者たちに気付いて声を震わせた。
「準備が整ったのだ――蘇った邪神どもよ、小賢しい連邦の奴らを皆殺しにしてこい」
マンスールは高笑いをした。