6.4.4.8. ネボラ13日

 6.4.4.9. ネボラ13日 夜

8 ネボラ13日

 

王宮

「報告いたします。ボンボネラ収容所が襲撃されウォーグリッヒ所長以下所員が多数死亡、囚人たちは脱走した模様です」
 マンスールは報告を聞き、不機嫌な表情を見せた。
「やはり普通の人間では連邦の強者には歯が立たんか。各地の長官たちは到着しておるか?」
「はっ、すでに八名ほど。本日中には全員揃うと思われます」
「早速、その者たちに術を施すとするか。わしが編み出した『邪神復活の法』をな」
 マンスールは不気味に笑いながら部屋を出ていった。

 

北西 ノード岬

 リチャードがサディアヴィルから戻ると、リンが宿屋で待っていた。
「大分、派手にやったようじゃないか」
「……うん、まあね」
「どうした。元気がないな」
「やり方がまずかったのかなあって」
「ははは、人間は本来無秩序な生き物だ。気にするな」
「リチャードを見てると、生まれつき理性が備わってるように見えるけどなあ」
「そんな人間などいない。生まれた時は皆、無秩序だ――ところでお前に会わせたい人物がいる。幻の城の住人だ』
「それってアトキンソンさんが言ってた」
「ノード岬だ。今から行くぞ。そしてそのままモータータウンに向かう」
「いよいよ塔に乗り込むんだね」
「ああ、モータータウンを解放して北から攻め込む。コメッティーノも来る、大戦争だ」

 
 数時間後、リチャードはリンと一緒にノード岬を臨む場所にいた。
「あれが幻の城、すでにあそこは異世界の一部だ」
「異世界のものが、何でここにあるの?」
「どうやら空間を跨いでいるらしい。あの城は異世界にありながらこちらの世界に姿だけを現している」
「ふーん、早く行ってみようよ。寒いし、風邪ひきそうだよ」
「夜になるまで待て。今は観光客がたくさんいて騒がしすぎる」

 
 ようやく人気が途絶えた夜半を見計らってノード岬の突端に立つと、城の跳ね橋が音を立てて降りた。
 マックスウェル大公が言った通り、今回は異次元の試練もなくすぐに王の間にたどり着いた。

「来たか」
 マックスウェルは眉を少し上げて、リンをちらっとだけ見た。
「異世界とはこの銀河の外に広がる別の宇宙空間だ。君が気の遠くなるような距離の旅をすれば、異世界にはたどり着ける。そのくらい離れた二つの宇宙だが、次元を制御できさえすれば、このように距離など関係なくなる。君はそのようにして次元を飛び越えてここにきた。わかるかな?」
「何となく。別のパスがあるって事?」
「それは君たちには認知できない。君たちではせいぜい四つか五つまでの次元を理解するくらいだが、私たちはもっと様々な次元を認知して、それを使いこなす」

「えっ、じゃあキャティもそんなすごい技を駆使して銀河に来たの?」
「それは誰かな。恐らく君が今まで出会った異世界の住人は特殊な能力を持ってはいるだろうが、所詮は君たちと同程度。次元を制御できる能力はないはずなので、長い時間をかけてこの銀河まで旅をしたに違いない。それに永遠とも思える命を与えられている訳でもない」
「『思える』って事は永遠じゃないんでしょ?」
「ふふふ、面白い子供だ。その通り、結局の所は私も何者かによって造られた生命。永遠だと感じるこの命とて、その者から見れば一瞬にしか過ぎない」
「スケールが大きすぎてよくわからないよ」
「わからずともよい。今日は挨拶がしたかっただけだ」
「うん、僕はリン文月。よろしく」
「マックスウェル、異世界の大公だ」
「あっ、父さんを助けてくれた人だったんだね。ありがとう」
「礼には及ばぬ。これから長い付き合いとなるのだ。ゆるりと話をしようではないか」
「一つ質問があるんだけど。父さんが異世界に行った理由も知ってるんでしょ?」
「今、それを言っても理解できぬ。それを知るのはまだ、ずっと先だ」

 

ファルロンドォ

 一夜明け、ドウェインは救出したシェイたちをショコノにある反マンスールゲリラのアジトに連れていった。ジャングルの小屋では残った水牙と王先生が話をしていた。
「のお、水牙。そもそもお主の剣は守りの剣。お主がどう思うかは知らんが、これからの戦い、それでは辛かろう」
「幼い頃から人を傷つけるためでなく、人を守る事を己の剣の道として修行してきました。しかし今はそんな自分の甘さが仇になっています。でもどうすればいいでしょう。この身についた剣技を捨てて攻めの剣を会得するには時間がありません」
「いい得物に巡り会うのじゃ。リンを見てみい。『鎮山の剣』があったからこそ、天然拳を制御できるようになった。お主も良い剣に巡り会えれば一皮剥ける――実はな、青龍と二人で南のファルロンドォに行ったのだが、そこで面白い奴に会った。そいつはお前の来るのを待っておる。行ってやってくれんかの」
「今からですか?」
「そうじゃ。まだ本土上陸までには時間がある。大急ぎで行って帰ってくれば間に合うわい」

 
 水牙はファルロンドォに向かって低空を滑るように進んだ。気温が下がり、辺りの景色は氷に変わった。
「ファルロンドォと言えば『氷の宮殿』、かつて珊瑚姫を欺いた奸臣ヤッカームが聖アダニアに討たれたという伝説の場所だ。一体そこに何があるというのだ?」
 一面氷の世界を進む水牙の前に宮殿が見えた。ふと目をやると宮殿の手前にかかる橋の欄干に誰か腰をかけていた。まだ十四、五の少年のようだったが、真っ白なコートを羽織っているものの、この寒さの中で座っているのはいかにも怪しかった。もしかするとこの少年が王先生の言っていた『面白い奴』かもしれないと思い、水牙は地上に降りた。

 
「君は誰だい?」
「ああ、やっと来た」
 少年が顔を上げて笑った。
「おいらの名は白龍。先生に言われて待ってたんだよ」
「白龍……すると君は青龍と同じ龍族?」
「うん、そうだよ。本当はすぐに先生と一緒に行きたかったけどこの宮殿を守るのがおいらの役目だからさ」
「役目とは一体――」
「アビーに言われたんだよ。だから宮殿を、ううん、そこに眠るお宝を守ってるんだ。先生が『そのお宝は水牙が持った方がいい』って言ったから、あんちゃんにそのお宝を渡しておいらはお役ご免って訳。でも――」
「でも、何だい?」
「あんちゃんがお宝に見合うだけの人間とは思えないなあ。まあいいや。とりあえず案内するよ」

 
 白龍の案内で水牙は宮殿内に入った。内部は迷路のように氷の壁が複雑に立ちふさがっていた。
「この中にお宝があるよ。あんちゃんをふさわしい人間だと思えばお宝の方から寄ってくるよ、多分。じゃあおいらは橋の所に戻るから、がんばってね」

 
 水牙は宮殿の迷路を歩き出した。迷わないように定期的に赤い布切れを道に置き、右手を一方の壁につきながら歩いた。それでも歩くうちに白一色の世界の中で方向感覚がおかしくなった。数時間歩くと目印に置いた赤い布切れが見えた。
 立ち止まっていると、どこかから声が聞こえた。
(我は氷の精霊グレイシャー、我はこの宮殿、この宮殿は我)
 水牙は己の感覚に任せて進む事にした。分岐で立ち止まり、声のする方へと進んだ。
(ヤッカームは《古の世界》崩壊後に珊瑚姫を眠らせ、『水に棲む者』の至宝『凍土の怒り』を騙し取り、この星へと逃げた)
 立ち止まるとまた声が聞こえた。
(ヤッカームは我が治める、この氷の宮殿に助けを求めた)
 また声がした。
(だがヤッカームは我を謀り、この宮殿を乗っ取った)
 声。
(しかし聖アダニアたちによりこの地で滅ぼされ、凍土の怒りも封印された)
 さらに進むと、今までとは違う雰囲気の場所に出た。
(求める者よ。お前が凍土の怒りを使いこなせるとは思えん。だが時代がそれを欲すのであれば封印を解こう。扉を開くがいい)

 目の前の氷の壁が白い光に包まれると、そこに人一人が入れるくらいの空間がぽっかりと開いた。その中に入ると氷の台座に一本の剣が刺さっていた。剣は何の輝きも発していない、ただの古びた剣に見えた。
「これが凍土の怒り、未だ何人も使いこなした者がいないという伝説の剣、それが目の前にある」
 ゆっくりと剣の柄に手をかけたが、何も起こらなかった。力をかけて剣を台座から引き抜くと、剣はあっさりと台座から抜けた。
 水牙は予想外の出来事にしばし立ち尽くした。
「伝説の剣がこんなに容易く手に入るとは」

 
 剣のあった空間を抜けるとそこは宮殿の外だった。そのまま白龍の待つ橋まで歩いた。
「あんちゃん、やったね――でもその雰囲気じゃ、まだ剣に認められてないね」
「認められていない?」
「うん、お手並み拝見って奴じゃないかな。あんちゃんが力を引き出せなければただの古びた剣――とりあえずはその剣があんちゃんを選んだだけでも、十分すごいんだけどね」
「某にこの剣の輝きを、本来の力を引き出せるのだろうか?」
「さあね、それより早く戻ろうよ。おいらも先生や青龍と一緒に旅をするんだから。よろしくな」

 

北 カゼカマの森

 ゼクトは立っているのがやっとだった。森の中に分け入って以来、姿の見えない敵に翻弄されていた。『真空剣』を放とうとしても相手は別の場所に移動していた。
(ふふふ、そんなに動作が大きくちゃ誰だって逃げちゃうよ)
 声の主の言う通りだった。リンに敗れたのも自分の予備動作が大きすぎたためだ。これでは対人戦には勝てない、ずっとそう思い続けていた。
(この『風切の刃』が欲しいんだろ?)
 森の至る所から攻撃が飛んできた。ゼクトの作り出す真空波よりは小さかったが、無数の風の刃がゼクトを切り刻んだ。
(そうそう、段々体の力が抜けてきたね。もうちょいだから倒れないようにね)
 最早、ゼクトには真空剣を撃つ力は残っていなかった。容赦なく風の刃はゼクトを攻めた。ゼクトは膝をつきそうになったが寸前で堪えた。
(さあ、仕上げだよ。もう力を出せなくなったその状態で真空剣をイメージして撃ってみなよ)
 ゼクトは朦朧となりつつある意識の中で真空剣を撃とうとした、剣を上段に振り上げる予備動作などできなかった、とにかく風よ、刃を起こせと念じた。
 するとゼクトの体から無数の風の刃が起こり、森の木々に向かって放たれた。
(ほぉら、できたじゃないか。おめでとう、風切の刃を会得したよ。あ、ぼくの名前はカゼカマ、この森の精霊さ)
 ゼクトはカゼカマの言葉が終わるとゆっくりと膝をつき、前のめりに倒れた。

 

 6.4.4.9. ネボラ13日 夜

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