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7 ネボラ12日 夜
東 プララトス地区
コメッティーノはプララトス地区を後にした。
「じゃあな、楽しかったぜ」
「こちらこそ世話になった」
GMMが足をひきずりながら見送りに来た。
「また遊びに来てくれ」
「冗談じゃねえ。二度と来ねえよ。おれは辛気臭い町は苦手だ」とコメッティーノは毒づいた。「でもおめえ、本当に南に行くのか?」
「うむ、ドウェインから連絡が入っとる。あんたの仲間の水牙と一緒に今夜、ボンボネラ収容所を襲撃し、その後、南のゲルズタンに上陸するとな。今出発すればちょうどあちらが上陸する頃にはわしもゲルズタンに着く」
「おれが付いてかなくて大丈夫か?」
「心配するな。ルカレッリが一緒に行ってくれる。あんたはモータータウンを解放せにゃならんだろう。あそこのファクトリーは手強いぞ」
「兄貴、任せといて下さいよ。オチョワたちをモータータウンに行かせますから」
「わかったよ。じゃあ、次に会うのは『錬金塔』かな」
コメッティーノはルカレッリに借りたバイクにまたがり、夜の闇の中に消えた。
南 ボンボネラ収容所
「もう一度、作戦のおさらいをしておく」と水牙が言った。「すでに雷牙とミミィにはクラウド・シップでボンボネラ収容所周辺に局地的豪雨を降らせてもらっている。その雨の中をついて、某が収容所内に潜入する。シェイ将軍の居場所は西の収容所棟という情報が入っているので、そこを集中的に攻める。王先生と青龍は巨人への対応、ドウェイン殿たちには救出した囚人たちを安全にここまで送り届けて頂く。ではいくぞ」
収容所は突然の異常な豪雨に見舞われた。雨水は大地をえぐり、塀の外の堀は氾濫寸前だった。
水牙たちは収容所の門に接近した。『錬金塔』に捕捉されないように雷牙のクラウド・シップはぶ厚い雲をまとい、収容所の端の見張り塔に雷を落とした。凄まじい光と音で、石造りの見張り塔はもろくも崩れ落ち、本館から所員たちが走ってきた。水牙は騒ぎに乗じて収容所内に潜入し、雷が落ちていない方の収容所に向かった。
「水流!」
水牙は強烈な水の力を剣に付加し、収容所の鉄の扉を真っ二つにした。不意をつかれた守衛たちをあっさり打ち倒し、牢の扉を開けた。
「さあ、外に出るんだ。船が待っている」と言って、囚人たちの後から外に向かった。
塀の外の堀では、ドウェインの用意した船が囚人の到着を待っていた。
「早くしないと氾濫しますね」とドウェインが心配そうに言った。
二回目、三回目の雷が落ち、もう一つの見張り塔とドウェインたちが待機している側の塀が破壊された。
収容所の外に出ようとすると背後から収容所員たちが追いかけてきた。「止まらんと発砲するぞ」という声とともに銃声が響いた。
「水壁!」
水の壁が目の前に広がり銃弾は吸収された。
「水弾!」
続いて水の礫を追っ手に撃ち込んだ。追っ手の所員たちは、礫の勢いで後方に弾き飛ばされた。
叩きつけるような雨の中を水牙たちは走った。
「よし、あの塀の切れ目から外に出るんだ――ところでシェイ将軍の居場所を誰か知っているか?」
「地下の独房だ」と一人の囚人が言った。「だが何階にあるかはわからない」
「ありがとう――あなた方は急いで船に乗って」
水牙は上空に合図をした。
「雷牙、もう一暴れだ」
クラウド・シップは本館側の二つの見張り塔にも雷を落とした。ようやく収容所側でもこれが自然現象ではなく敵の攻撃だと気付き、ウォーグリッヒ始め所員たちが大雨の中に姿を現した。
水牙は大急ぎでもう一つの収容棟に入って、水流剣で牢屋の扉を破壊して回った。
「東に船が待機しています。そちらまで走って」と叫び、囚人たちを船まで先導した。
本館から出た追っ手たちはぬかるみに足を取られて往生した。水牙は囚人たちに船の方向を指差すと、自らは本館の方に走った。
うまく動けない追っ手を打ち倒しながら進み、ウォーグリッヒを捕らえ締め上げた。
「シェイ将軍は、地下牢の入口はどこだ?」
「あ、あっち」
ウォーグリッヒが指差したのは、最初に解放した東の収容所の建物の脇だった。どうやらそこに地下牢への入り口があるらしかった。
水牙が合図をして走り出すと、すかさず雷牙はウォーグリッヒに雷を落とした。
建物の脇にマンホールの蓋のようなものが見えた。力を込めて蓋を持ち上げるとそこには地下へ続く穴が開いていた。
真っ暗な地下に入ると、雨水はすでに腰の高さまで来ていた。しばらく進んでようやく人の気配のする場所に近づいた。
「シェイ将軍ですか?」
「どなたかな」
「連邦将軍、公孫水牙です。お助けに参りました」
「おお、水牙殿か。幾度となく刃を交えたが、まさか助けられようとは――連邦はすでにこの星に侵攻しているのか?」
「いえ、まだ塔を破壊できていません。さあ、早くここを出ましょう。ホルクロフト殿もオサーリオ殿もご無事です」
シェイは牢を出た。長い間の獄中生活で多少痩せてはいたが眼光は鋭かった。
「将軍、外に船を待たせてあります。歩けますか?」
「何の問題もない」
二人が地上に出ると所員の姿はなく、雷牙が全て排除し終わったようだった。
「こちらです」
シェイを先導して船に向かおうとした時、本館の大きな扉が開き、そこから二つの大きな黒い影が現れた。
「出たか。将軍は早く船に」
水牙は本館に向かって走り出した。
巨人の兄弟が行く手に立ちふさがった。左側の目が片方しか開いていないのがタンガンだろうか、手には太い鉄の棒を持っていた。右側の目が両方開いているのはフクガン、ごつい皮の鞭をしごいていた。
間合いを取りながら距離に入った。タンガンが一歩足を踏み出すと、ぬかるみに足がずぶずぶと潜った。
「水弾!」
動けなくなった顔面に礫を撃ち込んだが、タンガンはぽりぽりと顔を掻いた。
「小賢しい攻撃だわな」
フクガンの鞭が飛んできて、水牙はこれを避けた。
フクガンは大きくジャンプをして、ぬかるみの少ない建物の脇に移動した。水牙はこれを見てフクガンをさらに塀の近くにおびき出した。
「水柱!」
足元から水が勢いよく噴き上がり、フクガンは足を取られて仰向けに転んだ。
「水流!!」
声に呼応するかのように収容所の壁の外で、ごごごという音と共に壁を乗り越えて大量の水が溢れ出した。水はフクガンの体を攫うと、そのまま塀の外の堀の流れに戻った。フクガンは為す術なく塀の外を流されていった。
ようやくタンガンがぬかるみから足をはずし水牙の背後に迫った。鉄の棒が地面に振り下ろされ、泥のしぶきが上がった。
「水流剣!」
剣に水の力を蓄えると斬りかかった。確実に胴を斬った手ごたえがあったがタンガンはけろりとしていた。
「効かねえなあ」
薄ら笑いを浮かべて鉄棒を振り上げた瞬間、雷が鉄棒に落ちた。タンガンはしばらくそのままの姿勢で立っていたが、ゆっくりと倒れた。
「兄貴、もうこの収容所は使い物になんねえよ。本館も破壊すっから兄貴は戻っていいよ」
空から聞こえる雷牙の声に水牙は軽く手を振って収容所を出ていこうとした。
収容所の出口の所にフクガンが荒い息をつきながら戻ってきた。
「なめた真似をしおって」
フクガンが鞭をふるい、水牙は地面に叩きつけられた。
さらに鞭を振るおうとしていると、雨雲の隙間から青い龍が現れた。青龍はフクガンの体に巻きつくと、そのままぎりぎりと締め上げた。
「うぉ、止めろ。止めるんだ。止め……」
フクガンは体中の骨を折られて息絶えた。雷牙が降雨を止め、本館に雷を落とすと収容所は炎に包まれた。
いつの間にか王先生が水牙のそばに立っていた。
「終わったようじゃの」
「……はい」
水牙は顔を伏せた。