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5 ネボラ11日 夜
東 ヌエヴァポルト
――ヌエヴァポルト、プララトス地区は聖アダニアの教えを受けた弟子プララトスが教えを広めるために、その基盤を置いた由緒ある土地である。プララトス派では豪華な礼拝堂や偶像を重要視しないため、地区内に人目を引くような歴史的モニュメントがある訳ではない。ここに暮らす住民たちの金銭にこだわらない自由な精神こそがプララトスの目指していたものであり、書に記されないプララトス派の教義そのものなのだ――
『ヌエヴァポルト観光案内』より抜粋
「ふーん」
コメッティーノは街角で見つけた観光ガイドを読んでからルカレッリに言った。
「なかなか普通の人間は行かねえ場所だよな」
「そうすね。マザーが六十年前にいなくなってからどうなるかって言われてたんですけど、今のGMMっていう世話役がしっかりしてる上に腕も立つんで、どうにか持ってるみたいです」
「一度、張先生に聞いたんだよ。どうしてアダニア派とプララトス派は争いを起こしたのか、ってな。だってそうだろ。戒律を重んじるアダニア派と自由を愛するプララトス派、一見対立しているようだがプララトスは元々アダニアの弟子だ。今までずっと仲良くやってて、急に六十年前に争いが始まったっていうのはちょっとなあ。誰かが糸引いてたんじゃねえか、って疑いたくなる」
「で、先生のお答えは何だったんです」
「『宗教の話はタブーじゃ』って笑ったきり、何も言ってくれなかったよ」
「あの争いのせいでマザーが行方不明になって、代わりにマンスールが争いを収めた功績で台頭した訳ですから――おれはあの争い自体がマンスールの仕組んだもんだって気がするんすけどね」
「マッチポンプかよ。いい加減にしてほしいな」
「本当です――あ、見えましたよ。あれが建設中の砦じゃねえすか?」
ヌエヴァポルト中心部の高層ビル群とは違って、辺りにはほとんど高い建物がなかった。かつての繁栄を偲ばせるのはタウンホールとその周りの一角だけで、他の一帯は建物の老朽化により取り壊されて空き地になっているか、人が住まない空き家のまま荒れ果てていた。
「マンスールはこの辺一帯を更地にしようとしてるんですよ。それでプララトス地区もぶっ潰そうとしているに違いないです」
穴の開いたでこぼこ道を進むと二人の目の前にレンガを積み上げた塀が目に入った。地上からの攻撃は多少食い止められるが、空から攻撃を受ければ一たまりもないだろう。
老人や子供たちも加わって、塀の上にさらに木でやぐらを組む作業をしていた。コメッティーノたちが門に近づくと二人の門番に止められた。
「JBに言われて来たんだけどよ」とコメッティーノが言った。
「聞いてないぞ」
まだ少年のようなあどけない顔つきの男が答えた。
「おい、ちょっと確認してこい」
もう一人の少年が中に走っていき、すぐに三人の男を連れて戻った。
「JBの紹介だって?」
三人のうち一番年長らしき男が尋ねたが、それでも二十歳そこそこだろう。
「ああ、そうだ。おれがコメッティーノでこっちがルカレッリ」
「ルカレッリ?」と一番若そうな男が叫んだ。「プロヴィデンスのギャングのボスのルカレッリか。何でこんな所に来てんだ?」
「だからJBに頼まれたんだよ」
「そっちの奴はコメッティーノって言わなかったか。お前、連邦議長と同じ名前か?」
「いや、同じ名前じゃねえ。同一人物だ」
コメッティーノが事もなげに答えると、三人は口をあんぐり開けた。
「……まあいいや。入れよ。おれたちゃハリケーン兄弟。おれが長兄のバン、こいつがシャーク、そしてゴウだ」
褐色の肌をした兄弟は似ているのは眉毛が太いところだけで、体型が上から小太り、痩せぎす、中肉中背だった。
塀の中でも住人たちが黙々と作業をしていた。
「なあ、バン。こんなんで帝国の攻撃に耐えられるのか?」とルカレッリが尋ねた。
「しょうがねえだろ。戦える者は戦う。それ以外の時に皆で修理や建築をするしかねえんだよ。それとも何か、連邦議長さんなら名案でもあるのかよ」
「ない」とコメッティーノがきっぱりと言い切った。「だが防御だけじゃつまんねえ。こっちから行ってぶっ潰してやるよ」
「ふーん」とゴウが感嘆の声を上げた。「この人がリーダーだから、連邦に勢いがあんのもわかる気がすんな」
「ありがとよ。冗談言ってるんじゃあねえんだ。おめえらだっていつまでもGMMに頼りっきりって訳にもいかねえだろう」
「まあ、そりゃそうだが」
「うるさいな」
背後の礼拝堂から杖をついた大柄の褐色の肌の丸坊主の男が姿を現した。足が悪いのか、左足をひきずっていた。
「あ、GMM」
「昼寝もできないぞ――ん、あんたら、連邦の。JBから話は聞いてるよ」
「体は大丈夫かい?」とコメッティーノが尋ねた。
「バカにするな。これでもまだ四、五十人は相手にできる」
「そりゃ悪かったな」
「それより、議長自ら最前線に来るとは連邦もずいぶん変わったものだな」
「おれが好き勝手できるのは組織がしっかりしてっからだよ」
「その通りだ。そんなあんたに皆付いてくる。あんたはきっといいリーダーだよ」
「シリの穴がむずむずすらあ。止めてくれよ。おれはな、負けたくねえだけだよ。今、連邦にはリチャードやゼクトや水牙やリン、すげえ奴らが勢揃いしてるんだ。そいつらに遅れを取る訳にはいかねえんだよ」
「なるほど。西のダーランとフォローで秘密警察が殲滅されたというニュースが入ったが、そいつらの仕業か」
コメッティーノの顔がぱっと明るくなった。
「そりゃ本当か」
「きっとヌエヴァポルトの秘密警察も殲滅してくれるんだろうな」
「へっ、わかりきった事聞くなよ。でも、おめえの力が必要だ。頼むぜ」
すっかり夜も更けた頃、「攻撃だあ」という声が上がった。外に出ると作業を続けていた住民たちが逃げ惑っていた。空を見ると幾つものきらきら光る物体が近づくのが見えた。
「あれがリーパーか。おい、GMM。あいつらを叩き落せねえかな?」とコメッティーノが言った。
「お安い御用だ。だが撃墜しても又やってくるだけだぞ」
「何機か残してくれりゃいい。おれはそいつらを追っかける」
「地上からの攻撃もあるぞ」
「ルカレッリとハリケーン兄弟に守らせときゃいいだろ」
近づいてきたのは装甲を強化した一人乗りバイクで、機体の下部に回転式の鋭い刃を装着していた。全部で二十機はいるだろうか。
「頼むぜ、GMM」
「任せとけ……メテオ!」
GMMが目を閉じて「メテオ」と叫ぶと空から真っ赤に焼けた隕石が、限られた一角に降り注いだ。先頭を行く五機のリーパーが隕石を浴びて地上に落ちた。
「……すっげえな。こんな事できる奴いるんだ」
「あんたんとこのリチャードだって空気中の鉄分集めて鎧にするだろ。それと同じだ」
GMMはさらに四機を撃墜したが、肩で息をし始めた。一機が隕石を避けて塀に近づくと、コメッティーノが目にも止まらぬスピードでリーパーに近づき、その動きを停止させた。
「おい、GMM。無理しねえでいいぜ」
コメッティーノは外に引きずり出したリーパーの乗員に止めを刺しながら言った。
「いや、まだだ。もう一発、あんたにすごいのを見せてやるよ」
GMMはそう言うと再び目を閉じた。残った十機のリーパーが頭上に迫っていた。
「グランドマスターメテオ!」
先程とは比べ物にならないくらいの大きな火球がGMMの頭上に浮かび上がり、火の粉を撒き散らしながらリーパーに向かっていった。
リーパーは跡形もなく吹き飛ばされたが、どうにか生き残った二機が退却を始めた。
「……こりゃ驚いた。まだまだ銀河は広いな」
コメッティーノは驚愕の声を上げた。
「おい」とGMMがぜいぜい喘ぎながら言った。「追いかけなくていいのか?」
「任せとけ」
コメッティーノは猛烈な速さで空に翔け上がった。
リーパーはヌエヴァポルトの中心部から離れた川沿いにぽつんと立つ高層ビルの最上階に吸い込まれた。
「あんなとこから発着してんのか」
コメッティーノは高層ビルの最上階にたどり着いた。中を覗き込むと何十機ものリーパーが待機しており、責任者らしき男が檄を飛ばしていた。
「まただめだったのか?」
「はい、もう少々お待ち下さい。GMMも燃料切れでしょう。もう一度、攻めれば――」
コメッティーノは最上階に滑り込んだ。「あっ」と言いかけた数人の男たちを倒して責任者に近づいた。
「おめえら、戦う相手を間違えてねえか。戦う相手は、このコメッティーノ様が率いる銀河連邦だろうが!」
十分後にコメッティーノが戻った。
「おお、どうだった?」
GMMは無理をして、ずっと塀の上で待っていたようだった。
「ばっちりだ。あれを見ろよ」
指差す先では、遠くで一本の高層ビルが蝋燭のように炎上していた。
GMMはほっとしたような表情になった。
「さすがだな。これで当分攻められないだろう」
「まあ、地上からの攻撃はあるかもしれねえけど、少し休めよ――GMM、おめえの能力は銀河の財産だ」
「人を年寄り扱いするもんじゃないぞ」
GMMは笑いながら言った。
王宮
ダーラン、フォロー、ヌエヴァポルトの報告を受けたマンスールは不機嫌だった。
「虫けらどもめ。ちょろちょろしおって……だが『錬金塔』は破壊させん。おい、各地の秘密警察長官をここに呼べ。わしが気合を入れ直す」と言って、マンスールはにやりと笑った。「ところで枢機卿はどうなった。まだ死なんか?」
「はっ」と一人の文官が答えた。「ジャンルカが、がっちりとガードしております。最近では奴の法力がさらに増したようで、いよいよ隙がございません」
「ふん、持久戦に持ち込めば、いくらジャンルカとてあの老いぼれを守りきれるものでもあるまい。放っておくか」
北西 ノード岬
リチャードはフォローからさらに北西の、大陸の突端にあるノード岬にいた。星も見えない闇夜、吹き付ける潮風の中で目を凝らすと、確かにその城はあった。はるか昔に建てられたと思しき古城の風情が漂っていた。
歩を進める毎に、城は大きくなったり小さくなったりした。
(異次元の城か。何故こんな場所で実体化している?)
不思議に思いながら、とうとう岬の突端までたどり着いた。城は、今ははるか遠くに見えていた。
「私はリチャード・センテニア。城の主よ、お目通り願いたい」
リチャードは雨のように降り注ぐ波の花を浴びながら叫んだ。すると遠くにあった城がすーっと近づいて、目の前の跳ね橋がぎぎーっと音を立てて降りた。
慎重に跳ね橋を渡り、城の中に入った。中は真っ暗で方向感覚が失われていくのがわかった。
(ロックの時とよく似た異次元の感覚だ。にしても誰が――)
重くなった体を動かしながら進んだ。
遠く目の前にぼんやりとした灯りが見えた。
近づくと、扉があって、そこから灯りが漏れているのだとわかった。
扉を開け、中に入り、息を呑んだ。
見た事のある光景だった。
立派な飾りのついた椅子が見えた。こちらからは背中しか見えないが、あの椅子に座っているのはあいつに違いない。
恐る恐る椅子の前に回った。しかし、そこに座っていたのは仮面をかぶったロックではなく、リチャード自身だった。
思わず声を出しそうになったが、椅子に座ったリチャードは気付いていなかった。
そこにもう一人のリチャードが現れた。
登場したリチャードは剣を抜き、椅子に座るリチャードを刺そうとした。
(止めろ、止めるんだ、お前が殺そうとしているのはお前自身だ)
この光景を見ていた三人目のリチャードは叫ぼうとしたが、声が出なかった。
座っていたリチャードがロックのいまわの際の言葉を発した。
「お前が殺そうとしているのはお前自身だ」
(止めろ、止めるんだ。止めろ――
「銀河の英雄。お招きできて嬉しいよ」
次の瞬間、リチャードは王の間らしき広間にいた。
「私の名はマックスウェル、異世界の大公と呼ぶ人もいる」
長い黒髪に物憂げな表情、唇は赤く、若いのか年を取っているのかわからなかった。黒いローブのようなゆったりとした服をまとい、玉座に気だるそうに座していた。
大公は眠気を誘うような甘い声で話した。
「ちょっとした余興に付き合ってもらって感謝するよ。君は実に興味深い」
「マックスウェル大公……確かリンの父、源蔵を助けた人間だな。異世界の住人が何故、こんな場所に?」
「『上の世界』の住人の多くは君らから見れば驚くほど長い命を持ち、永遠にも思えるほど長く生きる者もいる。永遠の残酷さを理解できるかな?――わかりやすく言えば、私は退屈しているのだよ。なので、こちらで楽しそうな事件があると、このようにして出てくる」
「今が楽しい時だというのか?」
「これまでにも何度か姿を現した。君の先祖も存じ上げているぞ。それにしても、今回はこの先、数十年は楽しめそうではないか。いっそ、こちらに永住しようかと考えているくらいだよ」
「何が面白いんだ?」
「何が?――上の世界でも、銀河の創造主と呼ばれる者たちは自分たちこそが完璧だと信じている。だが、この銀河では彼らの意図を裏切る人間が生まれ、行動する。すなわち予測不可能という事だよ。退屈を紛らわすのにこれほどの刺激はないだろう」
「創造主の意図?」
「そういう事だ。リチャード・センテニア君。君はその予測不可能を生み出す重要な要素だ――そうそう、君の呼び名を考えた。『運命の扉の前に立つ男』、どうだい、長すぎるかな?」
「この先、数十年も激動は続くのか?」
「言ったではないか、予測不可能だと。ただ、今回は君だけでなく君のお友達、リン文月もいるからね。楽しみは倍増という訳だよ」
「リンが――」
「君に頼みがある。彼をここに連れて来てくれないか。君が『運命の扉の前に立つ男』ならば、彼は『運命の輪を回す男』だからね」
「わかった。帰りもあの気の滅入る部屋を通らなければならないのか?」
「あれは単なる余興だ。もうやらんよ。ではまた」
リチャードは再びノード岬の突端に立った。マックスウェルの城は、はるか遠くで幻のように揺らめいていた。