6.4.4.4. ネボラ11日

 6.4.4.5. ネボラ11日 夜

4 ネボラ11日

 

北西 フォロー

 リチャードが宿屋の半地下の隠し部屋で遅めの朝食を取っていると、アトキンソンが息を切らして部屋に駆け込んだ。
「……はあ、はあ。びっくりしたよ。所用で外出していたんだが、町にいた秘密警察が全員殺されたっていうじゃないか。しかも、全員が一撃だよ、一撃」
「かすっただけのパンチも幾つかあったんだが」
「いつからそんな怪物のような力を身につけたんだい?」
「怪物と付き合っていると自ずとそうなる――冗談だ。家宝の鎧を手に入れた。身に付けると物凄い力を発揮するが、制御が難しい。まだまだ実戦を積まないとな」
「町は大騒ぎだよ。喜んでいいのか、それとも報復を恐れて静かにしてなきゃいけないのかって。ところが一番近くの大都会ダーランでは、住民が蜂起して秘密警察を殲滅したと言うから驚きじゃないか」
「ダーラン……リン、やるな」
「今やダーランとフォローは反マンスール運動の旗頭。私も早速ダーランに行って、あちらの反マンスール活動家たちと協議をしてくるよ。一緒に行くかい?」
「いや、次の町に行かなければならないから遠慮しておくよ」
「連邦がこれだけ素早く、しかも完璧な戦いをするとは予想外だったな。君が来た時も二、三日はのんびりするだろうと思ってたから面白い場所に案内する計画だったが、それどころではなくなった」

「面白い場所?」
「ここからさらに北西、大陸の突端にノード岬があるんだが、そこに『幻の城』が出現したっていうんだ」
「幻の城?」
「最近、突然にできたらしいが、中に入ろうとして近づいても何もない、でも遠目には立派な城が見える。化け物屋敷じゃないかって地元の漁師たちは怖がっているみたいだ」
「私、一人で行こう。詳しい場所を教えてくれないか」
「後で宿の者に地図を書かせるよ。急に忙しくなったから、すまない――あ、そうそう。真昼間に空を飛んでいくのは止めた方がいいぞ。すごい数の見物人らしいからな」
「わかった。夜にする。ところでダーランに行くなら、伝言を頼まれてくれ。『フォローで待つ』、騒ぎの中心にリンという青年がいるはずだから、彼にそう伝えてくれないか」

 

 ジャングルの中の丸太小屋で会議が開かれた。リーダーのドウェインは優しい顔立ちの初老の学者風の男だった。
「マザーはご無事ですか?」と水牙が尋ねた。
「さあ、私も長い間、お会いしておりません。六十年以上前のアダニア派とプララトス派の争いに心をお痛めになって姿を隠されて以来、人前に現れず、お言葉が手紙で届けられます。今回のシェイ将軍の救出依頼もヌエヴァポルトに住むGMMという男と私に手紙が届き、それで私がこうして来ているという訳ですよ」
「そうでしたか。しかしドウェイン殿は武闘派には見えませんが」
「一介のプララトス派の宗教家です。本当はGMMが来た方がよかったのですが、彼は体の具合が良くない上にヌエヴァポルトを守らなければならない。マザーの手紙には『連邦の助けを待て』と書いてありましたので、私はそれを信じて、ひたすらあなた方をお待ちしていました」
「ははは」と笑顔を見せて水牙は言った。「ドウェイン殿は謙虚なお方ですな。ボンボネラ収容所の情報を集められていたのでしょう?」
「それくらいしかできる事がありませんので」

 ドウェインは一つ咳をし、本題に入った。
「収容所ですが、本館が中心にあり、Uの字の逆の形というのでしょうか、左右に収容棟が伸びております。見張り塔は収容棟の両端と本館の両脇の四つ、収容棟には地階があり、シェイ将軍はその地下何階かに収容されているようです」
「ふむ、警備の数は?」
「はい、全体で百人前後、収容所長はウォーグリッヒ、護衛で手強いのはタンガン、フクガンと呼ばれる巨人の兄弟です」
「巨人か、戦った事がないな」と水牙は言った。
「まだ準備に多少かかりますので、決行は明晩で如何でしょうか?」
「問題ありません」

「ところでドウェイン殿」
 それまで黙っていた王先生が口を開いた。
「この南には何があるのでしょうな?」
「はあ、ファルロンドォと言われる氷の大地ですが」
「なるほど、ではわしと青龍はちょっとそこまで出かけてくるか。明日の夜には戻るんでご安心なされい」

 

東 ヌエヴァポルト

 夕方少し前にコメッティーノとルカレッリはヌエヴァポルトに着いた。町の真ん中でバイクを降り、ぶらぶらと歩いた。
「久しぶりだな。この大都会」とコメッティーノが呟いた。目の前には高層ビルが林立して、その間を縫うように様々な大きさのシップがゆっくりと行き交っていた。

「兄貴は、いつ頃、この星にいらしたんですか?」
 ルカレッリが髪型の乱れを気にしながら言った。
「ん、若い頃だ。この星が帝国に支配され始めた頃さ」
「へえ、張先生も若かったんでしょうね」
「いや、おれが会った時はもう年寄りだった」
「えっ、あの人、何歳なんですかね」
「さあな、それよりルカレッリ、喉が渇いた。どっかで茶でもしねえか」
「それならいい店がありますよ。こっちです」

 
 案内されたのはビル街の道路沿いのオープンカフェだった。
「ね、しゃれてるでしょ。ここなら道行くお姉ちゃんも見放題だし」
「しょうがねえ奴だ」
 二人がバカ話をしながら外のテラス席でお茶を飲んでいると、突然声をかける者があった。

「いょっ、ルカレッリじゃないか」
 声をかけたのは、茄子型のサングラスをかけ、ちょび髭を生やし、ボアの付いたジャンパーを着た細身の男だった。
「JBか。相変わらず暇そうだな」
「うるさいんだよ。暇なのは軍がおれを使いこなせないからだ」と言って、JBはお茶のカップを手に二人の席にやってきた。
「まあ、お互いはみ出し者だ」

「ところで隣にいらっしゃる個性的な髪型の方はどなたかな?」
「ああ、こちらはおれの兄弟子の……コメッティ……さんだ」
「ふーん、コメッティ、おれはJB。よろしくな」
「こちらこそよろしく。JBは軍の人だな。最近は大変じゃねえか?」
「さっきも言ったように、おれは軍のはみ出し者なんで連邦との戦いには参加させてもらえない。暇なもんだよ」
「JBは補給もしないで、どんどん敵を追っかけてくから上の人間はハラハラさせられるみたいなんですよ。でもあだ名は『撃墜王JB』、なかなかのもんらしいっすよ」
 ルカレッリがコメッティーノに説明した。
「補給や交替をしないなんて大した事じゃない。おれはバゴン将軍とケンカして干された。シェイ将軍が拾ってくれるって言ってくれたが、ご遠慮申し上げたんだよ」

「そうすると」と言ってコメッティーノが意味ありげににやりと笑った。「最近の戦況を見て自分がいればっ、て歯がゆく思ってんじゃねえかい?」
「ここにいても退屈はしないさ」
 今度はJBが意味ありげに笑った。
「昨日の朝も、今までに出会った事のない速さで飛ぶシップに遭遇した」
「ふーん、そいつはそんなに速かったかい?」とコメッティーノが尋ねた。
「ああ、速かったな。こっちは慣れた場所だったからかろうじて背後を取れたが、宇宙空間で出会ったら果たして勝てるかどうかはわからん」
「きっと勝てるんじゃねえかい。ま、そいつが素直に戦いに応じるかどうかわかんねえけどな」

「はっはっは。違いない」
 大笑いした後でJBは急に真顔になった。
「ところで、ルカレッリ、コメッティ。腕が立つあんたらに頼みがあるんだが」
「何だよ、改まって」
 ルカレッリはコメッティーノの顔色をちらりと窺ったが、何も言わずにお茶を啜っているのを見て、ほっとしたような表情を浮かべた。
「おれとおめえの仲だ。言ってみなよ」
「実はな、このヌエヴァポルトの西のはずれにプララトス地区があるのは知ってるだろ。そう、昔はヌエヴァポルトの中心だった場所だ」と言って、JBはサングラス越しに二人の顔を見回した。「最近秘密警察がプララトス地区を潰そうとしているみたいでな。まあ、奴らからすればプララトス派の中心地など邪魔なだけの存在だ」
「でもよ」とルカレッリが言った。「プララトス地区って言えばあの有名なおっさん、誰だっけ――そうだ、GMMがいるから秘密警察なんて目じゃねえだろう」
「確かにな。だがGMMの体調があまり優れないんだ。今、プララトスでは必死になって砦を築いているが、秘密警察も『リーパー』って言う新型兵器を使って連日プララトスを攻撃してくる。GMMが倒れるような事態になったら、いちころで落とされる」

「すると」とコメッティーノが言った。「そのプララトス地区の警護をしてくれっていうのかい?」
「いや、あんたらも忙しそうだから警護なんて言わないよ。リーパー部隊を殲滅してほしいんだ」
「――JB、あんたは帝国の人間だろ。そんな事言っていいのかい?」
「おれは帝国軍人だがマンスールは大嫌いだ。だから頼んでる」
「なるほど、おれもマンスールは大嫌いだ。この話、乗ったぜ」とコメッティーノがウインクした。
「感謝する。おれはシップに乗ってる時は無敵だが、それ以外はからきしなんだ――この恩はきっと返す。何かあったら呼んでくれ。いつでも助けに行く」

「そうと決まりゃ」と言って、コメッティーノは立ち上がった。「ルカレッリ、早くプララトスに行こうぜ。もう日が沈む」
「GMMに連絡しとくよ。最強の助っ人が行くぞってな」
「ああ、ありがとよ――あんたに会えて良かったぜ。JB」
「こちらこそ。コメッティーノ議長」
「ありゃ」とルカレッリがすっとんきょうな声を出した。「ばれてたのかい。いいのかねえ。敵味方なのに」
「お前だっておれに付いてきてんじゃねえか」
 コメッティーノが立ち上がりかけて再び口を開いた。
「オサーリオ将軍の家ってのはこの近くなんだろ。家族は無事か?」
「それがよ……」
 JBの話はアトキンソンの話と同様の内容だった。秘密警察の目を盗んで無事にどこかに逃げおおせたらしかった。
「手練れがいるもんだねえ」

 

 6.4.4.5. ネボラ11日 夜

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