6.4.4.3. ネボラ10日 夜

 6.4.4.4. ネボラ11日

3 ネボラ10日 夜

 

南 ジャングル

 クラウド・シップはジャングルを這うように移動した。ショコノに向かう途中で数人の男がぱらぱらと現れてシップを止めた。
「公孫水牙殿とお見受けする」と一人の男が言った。
「いかにも。あなた方は?」
 水牙がシップから出て答えた。
「我々は反帝国ゲリラの者。リーダーのドウェインがお待ちです。案内しますので付いてきて頂けますか」

 

北西 霧の中の暗殺者

 夜になり、深い霧がフォローの町を包み込んだ。リチャードは宿屋を出て町を散策した。石畳の歩道を歩いたが出会う人はなかった。
 アトキンソンの話ではフォローに駐留する秘密警察の人間は二十人前後、ダンカン・ホテルにいなければ、酒場か娼館にいるらしかった。
 町はずれの高台にある娼館に向かって歩を進めると、数人の男が坂道を降りてくるのに出くわした。今夜の相手の品定めをし合う下世話な会話の断片が聞こえたが、姿は見えなかった。
 三人だな、リチャードは坂道の途中で耳を澄まして男たちが近づくのを待った。
 一旦、男たちをやり過ごしてから、一番近い所にいた男の肩を背後から掴んで引き寄せ、振り返った瞬間に顔面にパンチを叩き込んだ。
 残りの二人は何かの倒れる音に足を止めたようだった。リチャードはすかさず真ん中の影に近寄り、背後から首を捩じり上げた。男が力なく地面に倒れたのを確認して、三人目の腹部に強烈な蹴りを見舞った。
「野性の鎧を身につけて初めての実戦だったが、まあまあだな――しかしこんな霧の中で相手をやっつけると、少しはリンの気持ちがわかる。ははは」
 リチャードは男たちの状態を改めて確認して息を呑んだ。全員が一撃で事切れていた。
「恐るべし。眠っている力が呼び起こされたようだ」

 
 三人の死骸を石畳の歩道の隅に片付けて、坂の上の娼館に向かった。館に入ると広いロビーになっていて、けばけばしい照明が来場者を出迎えた。

 厚化粧の太った婦人が奥から現れた。
「まあまあ、霧の中をようこそ。連絡下されば送迎を――」
「いや、客じゃない。秘密警察の人間が来ているな?」
「えっ……」
「隠しても身のためにならない」
「はい、先ほど三名お帰りになられまして、今は二名」
「どの部屋だ?」
「……お願いですから、女の子や部屋には手を出さないで下さいよ。二階にお一人と三階の特別室に副官の方が」
「安心しろ。すぐに終わる」
 リチャードは派手な装飾の付いた階段を上った。

 
 きっちり五分後にリチャードは二人の男を両肩に背負って階段を下りた。
「部屋も女性も無事だ」
「はあ、あの……あなたはもしかして連邦の?」
「今夜中にお得意様がいなくなる。明日からは別の上客を探すんだな」

 
 坂道を下りる途中の場所で一人の死骸を放り捨て、副官らしき男の死骸を背負ったまま市街に戻った。アトキンソンに言われた酒場を窓から覗き込んだが、秘密警察らしき人間はいなかった。

「ダンカン・ホテルか」
 町の中心部にあるダンカン・ホテルは五階建ての瀟洒なホテルだった。一階にはレストランがあり、リチャードも何回か使った事があった。
 深い霧の中でもレストランの灯りが確認できた。

 副官の死骸を道路に置いてホテルの正面に向かった。
 正面玄関で警護にあたっていた二人の男の片方に飛び掛り、首を絞めた。慌てたもう一人の男が殴りかかったが、立ち上がりざまに強烈な頭突きを男の顎のあたりに見舞った。
「どうも上手くコントロールできないな。力が溢れ出す。これが本当の自分か」

 リチャードは副官の死骸を背負い直すと、レストランの外壁に近づいた。中からは酔っ払いの騒ぎ声が聞こえた。
 レストランの窓をこんこんと軽く叩いた。窓が開き「だあれだあ」という酔っ払った声がしたのを確認し、副官の死骸をレストラン内に投げ込んでから、正面玄関に向かった。
 どやどやと音がして、二人の男が外に出てきた。一人目の男に背後から飛び掛り首を捻り、続けて二人目の男のこめかみあたりに左フックを打ち込んだ。
 さらに五人の男が手にナイフや銃を持って現れた。急いで玄関の脇に隠れると五人の男は固まったまま、霧の中に立っていた。リチャードは無言で男たちに飛び掛り、あっという間に五人を倒した。
「これでひい、ふう、みい……十四人か」

 
 ダンカン・ホテルの帳場の中では貧相な中年男がぶるぶると震えていた。
「お前、見た事のある顔だな。ダンカンはどうした?」
 太った如才ない経営者の顔を思い浮かべながら尋ねた。
「……はい、ダンカンさんは警察に捕まって……それで使用人だったあたくしが代わりに」
「ダンカンも可哀想に。お前は私を知っているな。今、ホテルのどの部屋に秘密警察の奴らは滞在している。六、七人はいるはずだぞ」
「はい、はい。こちらに鍵がないのは211、304、305、401、407、410、最上階のスイートにサイクス長官がいらっしゃいます。はい」
「十分ほどそこで目を閉じていろ」
「リチャード・センテニア様ですよね。以前と雰囲気が違います。ワイルドになられたというか」
「……」
 リチャードはにやりと笑ってから、装飾の施された古めかしいエレベータに乗り込んだ。

 

西 ダーラン

「リン。ここが市庁舎だよ」
 ジョイジョイが小声で囁いた。
「この町には何人くらいの秘密警察がいるの?」
「そうだなあ、三十から五十かな」
「ふーん、今夜中に片付けるとなると、案外大変だね――じゃあ、始めるよ。予定通りここで焚き火を焚いて騒いで」

 
 市庁舎前の広場からは、放射状に六本の道が伸びていた。ジョイジョイはその内の一本の道の途中にある噴水広場で、十数人の仲間たちと焚き火を焚いて歓声を上げた。リンは広場との境のあたりで自然を発動して気配を消した。
 騒ぎを聞きつけて秘密警察が二人、近づいてきた。リンは瞬時に二人を倒すと、ジョイジョイたちの下へ運び込んだ。今度は本物の歓声が上がり、ジョイジョイたちは用意した縄で男たちを縛り上げ、猿ぐつわをかました。

 その後も三人、二人と様子を見にきた秘密警察を倒したリンが男たちを縛り上げた頃、町の雰囲気が一変した。
 ジョイジョイたちが騒いでいる場所に一般の住民たちが続々集まってきた。リンが広場との境に戻ると、残りの五本の放射路でも歓声が起こり、人が集まり出していた。

 市庁舎から十人ほどの秘密警察が出て、広場にたむろしていた数十人を排除した後、それぞれの放射路に散らばっていった。
 リンが通りに近づいた秘密警察をあっという間に倒してからジョイジョイの下に戻ると、松明をかかげた多くの住民たちが歌を歌って気勢を上げた。

 
 ようやく噴水にたどり着いてリンが言った。
「ジョイジョイ。こっちは問題ないけど、他の通りにも人が集まって市庁舎前広場になだれ込みそうな雰囲気なんだ。どうしようか?」
「最初はじいちゃんが手配したのかと思ったけど、自発的にやってるみたいだ。こうなりゃ勢いで広場に出よう」
 ジョイジョイが大声を張り上げた。
「ここに七人、さらに二人秘密警察を捕まえた。さあ、皆で市庁舎前広場に!」

「うぉお」という雄叫びとともに人々は移動を開始した。おそらく他の通りでも似たような状況だったろう。しかしこのままでは広場に蓋をする秘密警察から銃撃を受ける可能性があった。リンは広場に取って返し、通りを塞ぐ秘密警察の男たちを順番に倒していった。
 三本目の通りに差し掛かったあたりで、地鳴りのような音が聞こえた。とうとう人々が広場になだれ込んだのだ。リンは残りの三本の通りに向かおうとしたが、そこではすでに秘密警察は何百という人の波に飲まれ、姿が見えなくなっていた。

 
 突然、銃声が響いた。歌声は止み、「銃撃だ」、「伏せろ」という怒号や悲鳴が聞こえた。

「市庁舎から狙撃か」
 リンは市庁舎がはっきりと見える位置まで空中を移動した。六階の部屋の窓が開き、そこから銃口が覗いていた。急いで銃口を引っ掴むと銃だけでなく狙撃者まで引き摺り出した。男は地上に転落して、地上では大きな歓声が上がった。
 市庁舎の屋上に移動すると、二人の男がマシンガンを構えていた。リンはこの二人も倒し、ためらった後にマシンガンごと屋上から投げ落とした。
 下の広場を見ると松明や火炎瓶が市庁舎に投げつけられているようだった。又、銃撃があるかもしれない、リンはアブラモビッチを捕まえようと思い、屋上から階段を使って最上階に降りていった。
 赤い絨毯が敷き詰められた廊下を走りながら何人かの男たちを倒し、一番奥の部屋の厚い木の扉を天然拳で破り、中に入った。

「……あわわ」
 立派な椅子に座ってガタガタと震えていたのは、ふちなしの眼鏡をかけた青ざめた顔の中年男だった。リンは男の首ねっこを捕まえた。
「アブラモビッチだな」

 
 市長室の窓を破り、気絶したアブラモビッチを抱えたまま、市庁舎前広場の中心に降り立った。
「こいつがアブラモビッチで間違いない?」
「ああ、そうだ。アブラモビッチを捕まえたぞお!」
 群集の輪にいたひげの剃り跡の青い男が確認して、一斉に勝ちどきの声が上がった。ジョイジョイが拡声器を持って輪の中心に近づいた。
「リン、やったじゃないか。ぼくは投降を呼びかけるよ」
 ジョイジョイは体格のいい男に肩車をしてもらって、市庁舎に向かって拡声器を使って叫んだ。
「秘密警察長官、アブラモビッチの身柄は確保した。ただちに投降してもらいたい」
 何人かが市庁舎から両手を上げて出てきたが人数が少なかった。リンは「裏口だ」と叫んで、再び空に舞い上がった。

 
 市庁舎の裏口付近では激しい銃撃戦が繰り広げられていた。秘密警察と撃ち合っているのがドン・ブーロの組織だろう、リンは空から降りて一人の男に話しかけた。
「ドン・ブーロの組織の人ですよね。どうですか?」
「どうですかって見りゃわかるだろ」と男はあきれたような声を出した。「安心しな。猫の子一匹逃がしゃしねえさ」
「助太刀します」
 リンは市庁舎の裏口に向かって軽く天然拳をぶっ放した。建物全体が揺れ、銃撃は止み、後には秘密警察の人間たちが倒れていた。
「よし、突入だ……あんちゃん、すげえな。ありがとよ」
 ドン・ブーロの組織の面々は銃を撃ちながら裏口を制圧した。

 
 リンは再び空中に上がり、市庁舎前広場を見下ろした。集まった群衆は千人を軽く越えていた。広場の真ん中を空けて、そこに秘密警察の人間を引っ立てていた。何人もの人間が松明を手に、この星の歌を歌っているのを見ると、歌詞の意味はわからなかったけれども心が震えた。テレビで観たヨーロッパのサッカー中継みたいだった。
 一方、裏口ではドン・ブーロの組織の男たちが暗闇の中で作業を続けているようだった。時折、庁舎内から銃声が聞こえたが、それも時間の問題だろう。ジョイジョイらしき人物が《巨大な星》の旗を手渡され、それを持って庁舎に入った。あれが建物にはためけば騒ぎも一段落だ。リンはゆっくりと地上に降りた。

 
 市庁舎に旗を立てたジョイジョイが拡声器を使ってバルコニーで演説を始めた。
「皆、今日は勝利の日だ。あの憎むべき秘密警察を町から追い払ったんだ。報復は恐れなくていい。ここから近いフォローでも秘密警察が殲滅されたっていう情報が入った」
(リチャードだな)
 リンは思わず微笑んだ。
「ここから、ダーランとフォローから反マンスールの運動を広めていこう。ビバダーラン!ビバヒガント!」

 

 6.4.4.4. ネボラ11日

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