6.4.4.2. ネボラ10日

 6.4.4.3. ネボラ10日 夜

2 ネボラ10日

 

突入

「突入だ」とコメッティーノが言った。
 《巨大な星》の大気圏付近に、ゼクトの旗艦から離れて、水牙のクラウド・シップ、コメッティーノとリンの小型シップが待機した。

 
「まずはリンだ。落ち着いてやれば大丈夫だからな。ゆっくりでいい。西を目指せ」
「わかった。じゃ行ってきます」
 リンのシップがゆっくりと大気圏に向かった。
 間もなくゼクトの旗艦から「シップ突入。捕捉されていません……尚、こちらからも探知不可能」との報告が入った。

 
「よし、次は水牙」
 水牙のクラウド・シップがシップの周りにぶ厚い雲を張りながら突入した。

 
「次はおれが行く。皆、またな」
 コメッティーノがいつもの一人乗りソル・バイクとは違うドミニオン型シップで大気圏に突入したが、間もなくゼクトの旗艦から連絡が入った。
「コメッティーノのシップ突入――追撃されています……あ、被弾。被弾。シップが……撃墜されました」

「しまった!」
 オサーリオが叫んだ。
「奴を忘れていた。軍規を乱すお前らのような男を本土防衛に回していたのだ。撃墜王JBを」
「あいつはこれくらいでは死なんよ」とリチャードは何もなかったように言った。「さて、私も行く。オンディヌ、頼む」
 オンディヌが意識を集中すると目の前に波紋をたたえた鏡が浮かび上がった。リチャードはその中に入っていき、姿が見えなくなった。

 

東 プロヴィデンス

「ちきしょう。ひでえ目にあった」
 コメッティーノは大破したシップから這い出て、海上に顔を出した。
「おれのスピードに付いてくる奴がいたとはな。世間は広いもんだ。まあ、慣れないドミニオン型に乗ってたのもあるけどな――

 
 ――大気圏に突入してすぐに一隻のシップが前方から接近してくるのに気づいた。
「あの塔でも捉えられないスピードを認識するとは驚いたな」
 そう言っている間にもシップはぐんぐん距離を詰めた。
「まずいな。どうにかしてぶっちぎらないと」

 方向転換をすると見せかけて最大の推力で相手とすれ違った。相手もすぐに方向転換をし、シップの真後ろにぴたりとついた。
「ありゃりゃ、スピード落とせばレーザーの餌食になっちまうし――困ったね」
 最大推力のままで相手を振り切ろうとしたが、相手は距離を保ったまま付いてきた。
「向こうもヌエヴァポルトの町の上で撃墜はしねえだろうから強引に着陸って手もあるが――でも、やーめた。もうちょっとだけ付き合ってやっか」
 ヌエヴァポルトから北東に進路を取った。すると相手が銃撃を始めた。コメッティーノは左右にシップを操って巧みに避けた。
「そろそろ限界だな。このへんでやられとくか」
 シップを意図的に銃撃の方向に合わせ、衝撃がシップを包んだ。
「どわっ、後は海に落ちてと。奴もあきらめんだろ」
 シップは海に墜落した。

 しばらくの後、海面に浮き上がり、相手のシップが去ったのを確認した。
「陸地まで泳いでくか」
 コメッティーノは鼻歌交じりで泳ぎ出した。

 
「あーあ、自慢のヘアスタイルをどうしてくれんだよ――にしても、ここはどこだ?」
 陸地に着いて辺りを見回した。ヌエヴァポルトの大分北東なのはわかった。海辺から少し歩くと街道があったのでそこを南に歩いた。

 
 街道沿いに一軒の酒場が見つかった。
「よお、邪魔すっぜ」
 酒場に入るとマスターらしき男が驚いた顔をした。コメッティーノの自慢のくりくりの長髪が海で濡れて大爆発を起こしているのに驚いたのか、別の理由かははっきりしなかった。

「親父、ここは何てえ町だい?」
「……プロヴィデンスですが、それよりどうされたんですか?その」
「ああ、この頭か。季節はずれの海水浴ってやつよ。そんなのよりよ、朝飯作ってくれ。腹減っちまってな」
「そうですか。お若い人、悪い事は言わないから今すぐに帰った方がいい。じきにあいつらが来ますから」
「あいつら?何だか面白そうじゃねえか。早いとこ朝飯、頼むよ」

 朝食を終えてお茶を啜っていると店の外が騒がしくなった。普通の一人乗りバイクは滑るように走るが、若者の中にはけたたましい爆音が響き渡るようにわざとバイクを改造する者がいた。どうやらその手の一団らしかった。口々に何かをわめきながら店に入ってきた。

 
「おいおい、見ろよ」
 カウンターで背を向けるコメッティーノに気付いた一人が早速騒ぎ出した。
「あの頭、鳥の巣が店ん中にあるぜ」
 他の仲間が大笑いをし、そのうちの二人がわざわざ顔を覗き込みに近づいた。
「よお、おっさん。店内に動物の持ち込みは禁止だぜ」
 コメッティーノは涼しい顔でお茶を飲んでいた。マスターは心配そうな顔をして厨房の奥から様子を窺っていた。
「返事くらいしろよ。なめてんじゃねえぞ。うらぁ」
 一人の男が胸倉をつかんだ。
 コメッティーノは胸倉をつかんだ指を優しく一本ずつほどいて、男を優しくカウンターの隣の席に座らせた。もう一人の男の肩に手を置いてこれも隣の席に座らせた。
「ぼくちゃんたち、いいバイク乗ってんねえ。おじさんを乗せてくれないかな」
 カウンターに座らされた二人の男は「なにをぉ」と言って殴りかかろうとしたが体が動かなかった。「あれ、おかしいな」と言いながら必死に体を動かそうとした。

 コメッティーノはゆっくりと立ち上がり、背後の席であっけに取られる男たちの方を向いた。
「なあ、リーダーはどいつだい。おれをバイクに乗せて、ある場所まで連れてってほしいんだけどな」
「ふざけんな、この鳥の巣野郎」
 一人の男が進み出た。
「おれたちを誰だか知ってんのか」
「いや、知らない」と言って、近づいた男の肩にそっと手をかけると、男はへなへなと床に崩れ落ちた。
「お客さん、店の中で困りますよ」とマスターが震える声で頼み込んだ。
「大丈夫だよ」
 マスターに向かってウインクして、いきなり背後から殴りかかった男のおでこに指をそっと当てると、男はそのまま前のめりに倒れた。
「おい、おめえ」とリーダーらしき太った男が野太い声で言った。「店の外に出ろ。ぶち殺してやる」

 店の外に出ると、きれいに彩色されたバイクが所狭しと並んでいた。男たちが外に出た。動けなくなった四人を背負っている者を含めて総勢十人いた。
「おい、おめえ」と太った男が再び口を開いた。「名は何ていうんだ?」
「おっ、そうか。乗せてくれる気になったか――さてと、どれにすっかな」
 コメッティーノは鼻歌交じりでバイクを選び出した。
「そうじゃねえ」と太った男が顔を真っ赤にして怒り出した。「もういい。おれがぶっ殺す。こいつが逃げ出さないように取り囲め」
 太った男はバイクの座席から鉄の玉が一方に付いた鎖を取り出し、それをぶんぶんと振り回した。
「おれの名はオチョワ。てめえ、他所者のようだがおれに会ったのが運の尽きだったな」
 コメッティーノはにこにこしてオチョワが振り回す鎖を見ていた。
「ふーん、そう簡単にはバイクに乗せちゃあくれねえんだ。どうすりゃいいんかな」
「ほざけ」
 鎖を投げつけると、鎖はコメッティーノの体に巻きついた。
「ぐはは、これでおしまいだ」
 そのままぐいと引っ張ると、コメッティーノは全く抵抗もせずにオチョワの体目がけて飛び込んだ。
「わあ」
 不意をつかれたオチョワはコメッティーノを抱きかかえたような形で倒れ、すぐに起き上がった。
「この野郎、どこまでもふざけやがって」
 コメッティーノも体を鎖で縛られたまま、膝のバネを使ってぴょんと立ち上がった。
「オチョワって言ったな。5、4、3、2、1」

 カウントが終わるとオチョワの動きが止まった。手にしていた鎖をだらんと下げて、地面に膝をついた。コメッティーノは自分の体に巻きついた鎖をはずしてから、動けない四人を除いた残りの五人に言った。
「さてと、あきらめろよ。おめえらもこいつと一緒になるだけだ」
 跪くオチョワの顔を残りの男たちにぐいっと見せた。顎ははずれ、顔は苦痛とよだれで歪んでいた。
「はぁ……はふへへ……ほへはひ」
「じゃあ、バイクに乗せてくれるよな」
 コメッティーノは残りの男たちが戦意喪失しているのを見て満足そうに言った。
「……はひ」

 
「しかし、兄貴、強いすね」とオチョワが顎をさすりながら言った。
「そんな事はねえよ。おめえらが弱いだけだ」
 コメッティーノは動けない四人の意識を回復させ、はずした関節を元に戻してあげながら答えた。
「全員無事でよかったな。じゃあ、おれの指示に従ってもらおうか」
「どこに行こうっていうんですかい?」
「ヌエヴァポルトだ」
「えっ、明日までかかりますよ」
「いやとは言わせねえ」
「いやじゃねえですけど」とオチョワが言った。「大体、兄貴はどうやってここまで来たんですか?」
「そりゃあ色々あんだよ。さあ、おめえら、バイクに乗れ」
 コメッティーノは男たちをバイクに乗せた。
「おれはおめえの後ろに乗せてもらう」
「ええ、いいですよ」
 オチョワがにやりと笑った。
「途中で寄りたい場所があるんですけど構いませんやね?」
「ああ、何でもいいよ。早く行こうぜ」

 

南 ショコノを目指して

 クラウド・シップには水牙の他に雷牙、ミミィ、王先生、青龍が乗り込んでいた。シップは厚い雨雲を機体にまといながら大気圏に突入した。
「どうやら捕捉はされなかったようだ」と雷牙がシップを操縦しながら言った。
「よし、このまま南の収容所の近くに降りるぞ」と水牙が言った。
 シップが降りたのは熱帯の植物が生い茂るジャングルだった。

 

北西 フォローの町

 アトキンソンは何もかもが嫌になっていた。大帝が帝国を建国した当時、反帝国勢力として抗っていた頃はまだ充実していた。
 リチャード・センテニアと話し合う機会がたまたまあり、大帝による統治も悪くないと思い直し、活動を辞め、家業の宿屋に専念する事にした。
 だが最近は何もかもかが狂っていた。

 大帝が星を離れ、マンスールに統治を任せた途端、宗教対立を収めた人格者と呼ばれていた男は本性を現した。彼は治安維持隊を解体し、代わりに秘密警察という組織を作った。
 秘密警察は町に乗り込んで傍若無人の振る舞いを繰り返した。町一番のダンカン・ホテルが溜り場になって、経営が立ち行かなくなったと聞く。悪口を言おうものなら密告制度によって批判する者は捕らえられ、収容所に送り込まれていた。
 期待していたリチャード・センテニアも連邦に復帰した。
 そのリチャードの復帰した連邦が進攻してくるという情報と前後して、『錬金塔』なる不気味な塔まで建った。
 安心して町も歩けなかった。もっともダンカン・ホテルのように大規模ではない小さな宿屋の親父など秘密警察は気にも留めないだろうが。

 アトキンソンは帳場の脇のロビーに飾ってある大鏡に近づいた。高さ三メートル、幅が二メートルはある、先々代が特注したこの宿屋の自慢の財産だった。
 鏡に近づき、自分の姿を眺めた。顔に刻まれた線は深くなり、腹も出た。もう一度戦うには年を取り過ぎたと首を振ってため息をついた。
 その時、アトキンソンを映していた鏡が歪み出した。波紋が一面に広がったかと思うとその中心から何かが出てくるようだった。思わず尻餅を着いた彼の前に、鏡から一人の男が飛び出した。

「あ、あ、リ、リチャード・センテニア?」
「やあ、どうやら成功だったようだ」
 リチャードは周囲を見回して言った。
「君が宿屋を辞めていたり、鏡を売り払っていたりしたら大変だったよ」
「……どうやってここに?」
「水鏡の術だ――アトキンソン。調子はどうだ?」
「君も知ってるだろう。最悪だ。この町も秘密警察が牛耳っている――それより誰かに見られるかもしれない」
 アトキンソンはリチャードの腕を引っ張って帳場の奥に連れていった。

 
「そうか、この町にも秘密警察がいるのか」とリチャードは言った。「早速、退治に行くか」
「まあ、待ちなさいよ」と言って、アトキンソンが制した。「ここは霧の町フォロー。予報では今夜も深い霧が出る。夜霧にまぎれて行動した方がいいんじゃないか?」
「それもそうだ。ところで元帝国のオサーリオ将軍の家がこの町にあると聞いたが」
「ははあん、人質となった家族を救出しに来たのか。残念だったな、もうこの町にはいないぞ」
「何……遅かったか」

「話は最後まで聞けよ。それが妙な話なんだ。オサーリオ将軍降伏の知らせがこの町にも伝わり、皆心配していた。この町で軟禁されているご家族に危害が及ぶのではないかと。実際にその夜、秘密警察が家に踏み込んだらしい。ところが家はもぬけの殻、夫人も娘さんも厳重な警戒をかいくぐって姿を消したそうだ」
「手引きする者がいたな」
「あまりにも手際が良すぎる。この星にそのような手管に長けた者がいたとは驚きだった」
「マザーが身を隠しおおせている事にも関係が?」
「おそらくな。そういった事を専門とする集団が存在する」
「味方になってくれれば心強いな。どうすればコンタクトできるかな?」
「着いたばかりだ。まずは休め。夜が来るまでゲリラ時代に使っていた半地下の部屋を使えばいい。朝飯、まだだろう。今作らせるから」
「元気だな」
「いや、君が来てくれたおかげで元気になった」
 アトキンソンは鼻歌交じりで宿屋の食堂まで朝食を取りに帳場を出ていった。

 

西の海岸

 ふわふわ、ふわふわ、リンのシップはゆっくりと地上に降りた。どこに向かっているのかよくわからなかったが、とにかく西、西の海岸線を目指して降下を続けた。
 やがてシップが海上に着水した所で、自然を解放してシップの外に出た。

「さてと、陸地はどっちかな」
 リンはシップを置いて海面すれすれを飛行した。
 西の海上に黒い塊が見えた。近づくと大型の戦艦が何隻も停泊していた。あわてて引き返し北の方に進むと、はるか遠くに長いブリッジとその先の海上に円形の建物、さらにその先には海から突き出した無数のポートが見えた。
「リチャードが言ってた移民局か。そうすると少し南東に戻ればいいのか」
 南東の陸地を目指し飛行を続け、陸地に着いた。岩だらけの場所で町ではなさそうだった。
「ダーランの町はさっき見えた移民局の方だとしたら、この道を北に戻ればいいんだな」
 リンは岩だらけの海岸線に沿った道を歩き出した。

 
 曲がりくねった道を歩くと、突然に砂浜が出現した。海には人が出ていた。
「サーファーかな?でもボードがないし」
 不思議に思いながら海岸線を進むと、ビーチで休憩していた一人の青年と目が合った。笑うと目が細くなる日焼けした健康そうな青年だった。
「ヤッハ。何してんだい?」
「ああ、ヤッハ」
 言葉を返して、リンも手を上げた。
「ねえ、皆、海で何してんの?」
「あれかい。サーフディスクだよ」
 青年は足の裏を見せて言った。。
「この円盤を足の裏につけて波に乗るんだよ」
「楽しそうだね」
「んじゃあ、やってみるかい」
 青年はにこにこ笑いながら、気軽に自分の両かかとと同じくらいの幅の小さな円盤をはずしてリンの足裏につけてくれた。
「いいかい。重力制御とかしたらだめだよ。あくまでも波に乗るんだからね」

 リンは海辺から沖に向かって泳いだ。沖で立ち泳ぎをしながらいい波を待った。
「よし、今だ」
 テイクオフして波をつかまえたと思った瞬間、バランスを崩して波に飲まれた。海中から顔を出すと海辺で青年が「そう、そう」と拍手していた。
 何度目かのトライで完全に立ち上がれるようになった。かかとに直接波のパワーを感じて、まるで素足で波の上に立っている感じがした。
 浜辺に戻ると青年が拍手で出迎えてくれた。
「いいセンスしてるね。ちょっと練習すれば色々できるようになるよ」

 青年はリンから円盤を受け取り、自分の足にはめた。
「見てて」
 テイクオフすると足裏で巧みに波を操り、ターンし、片足でバランスを取り、足をクロスさせながら進んだ。
「すごいねえ」
 青年が海から上がるとリンも拍手で出迎えた。
「いやいや、初めてで立てた君の方がすごいよ――忘れてた。ぼくの名前はジョイジョイ」
「僕はリン。よろしく」
 二人は堅く握手をした。
「リンは旅人だろ。見かけない顔してるもんな。この後どこに行くんだい?」
「ダーランだよ」
「そりゃちょうどいいや。ぼくはダーランに住んでるんだ。一緒に昼飯でも食おうよ」

 
 ジョイジョイの操縦するバイクの後ろにまたがって、ダーランの町に着いた。海岸線に沿って開けた昔からの大都会のようだった。はるか海岸線の北には海上に浮かぶ移民局の建物が見えた。
「ヌードルでいいかな」とジョイジョイが尋ねた。
「うん、いいよ。麺類、大好きだよ」

 古い町並みの中にある一軒のレストランに入った。「ホワンズ・キッチン」という名前だった。
 ジョイジョイは慣れた様子で次々にオーダーをした。やがてテーブルの上には鳥の足を炒めた皿や水餃子のような深皿が所狭しと並んだ。
「わっ、美味しそう。中華だね」とリンが歓喜の声を上げた。
「何だい、それ――ああ、君は他所の星から来たんだね」
「うん、まあね」とリンは餃子を頬張りながら言った。
「君から見てこの星をどう思う?」とジョイジョイが尋ねた。「あ、麺が来たよ」
 出てきた麺は予想と違ってパスタ風だったが、もちもちの麺がクリーミィなソースにからまって何とも言えず美味しかった。
「美味しいね」
 リンはにこにこして箸を動かした。
「ジョイジョイの質問だけど、僕はまだこの星に着いたばかりだからよくわからない。でもね、マンスールだけは許さないよ」
「わっ、思い切った事言うなあ。秘密警察に聞かれたら一発でボンボネラ送りだよ。ぼくも同じさ。秘密警察もマンスールも大嫌いだ」
「ダーランでも秘密警察がのさばってるの?」
「ああ、そうさ。市庁舎を根城にしてやりたい放題さ。アブラモビッチっていう威張った男が仕切ってるんだ」
「ふーん、気に入らないね」
「君もそう思うなら、ぼくに協力してくれないか」

 ジョイジョイがそこまで言った時、店の奥から東洋風の婦人が出てきた。
「ああ、ママン。相変わらず美味しい料理だね」
 ジョイジョイは立ち上がり、婦人と抱擁をかわした。
「いらっしゃいませ」
 婦人はリンをちらっと見て挨拶した。
「ジョイジョイや。お友達たちと何やら計画しているみたいだけど、無理はしないでね」
「大丈夫だよ、ママン。この町を秘密警察なんかに好きにさせといていい訳がないだろ。これからおじいちゃんの所に行って協力してくれるように頼むんだ」
「本当に無茶はしないでね」
 婦人はそう言って店の奥に引っ込んだ。

「ぼくのママさ。心配性なんだよね」
 ジョイジョイが席に戻って言った。
「おじいちゃんとか言ってなかった?」
「そうそう、おじいちゃんはドン・ブーロっていう町の顔役さ。ママンのお父さんの組織と対立して町を二分していたんだ。でもダディとママンが結婚して、やっと町は一つにまとまった」
「ふーん、すごいねえ。ジョイジョイ、僕も一緒に行ってもいいかい?」
「もちろんだよ。ぼくの推理が間違っていなければ、君は『王国を倒した男』、リン文月だろ。だとしたら是非、お願いしたいくらいだよ」
「何だ、ばれてたのか」
 リンは照れ笑いした。
「僕は錬金塔を破壊して、この星をマンスールの支配から解放するために来たんだ」
「やった。君がいれば百人、いや千人力だよ」

 
 屋敷は町の中心部にある三階建ての古い屋敷だった。
「ジョイジョイ、本当にやる気か」
 ドン・ブーロは眼光鋭い、痩せた小柄な老人だった。
「じいちゃん、大丈夫だよ。ぼくには強い味方がいるんだよ」
 ジョイジョイはリンを見てウインクした。
「わかった。わしも組織に声をかけよう。この町が率先して反マンスールを叫ぶ――で、いつだ?」
「今夜、アブラモビッチを追い出すよ」

 

東 兄弟子

 オチョワはバイクを止めた。
「兄貴、この先に用事があるんですが――すぐ戻りますから」
「いいよ、おれも一緒に行くよ。どうせ仲間に助けを求めんだろ」
「げっ」
 オチョワは一瞬青ざめた。
「……わかってんなら話は早えや。今からてめえを本当の兄貴の下に連れていく。後で吠え面かくなよ」
「はっはは。お前、面白いなあ。早く行こうぜ。ヌエヴァポルトはまだ遠いんだろ?」

 
 バイクは古びた倉庫の前で止まった。
「おい、誰か。兄貴を呼んでこい」
 オチョワが命令し、一人の男が倉庫の中に走っていった。
「へっへへ。おめえがいきがってられんのも今のうちだぜ」
 オチョワは笑い出した。
「おい、誰かヘアバンド持ってねえかな。やっと髪の毛が乾いたんだ」

 一人の男が倉庫から姿を見せた。髪の毛をぴたりと後ろに撫で付けたキザな感じの優男だが、目つきは鋭かった。
「うちのもんがずいぶん世話になったみてえじゃねえか。しかもここまでのこのこと来るとは大した度胸だな」
「別に大した話じゃねえよ」とコメッティーノは髪をまとめながら言った。「おれがヌエヴァポルトに行きたいってお願いしたら、こいつらが乗っけてくれるって言うんでよ」
「そうかい、ヌエヴァポルトかい」
 男はにやりと笑った。
「残念だったな。ここがおめえの終点だが、ヌエヴァポルトじゃねえ」
 男は構えを取った。コメッティーノは一瞬「おや」という表情をした後、うつむいた。必死に笑いを堪えているようだった。
「てめえ、何がおかしいんだ。『張家極指拳』、受けてみるがいい」
 男はそう言って「破!」という気合と共に向かった。
 コメッティーノがうつむいたままで男の拳を受け止めると、男は驚愕の表情を見せたが、すぐに「離!」と叫んで距離を取った。
「てめえ、見ないでおれの拳を受けるとは大したもんだ。だが次の――」
「『残』だろ。極指拳の極意は『破』『離』『残』にあり。まさかこんな場所で極指拳の使い手に出会えるとはなあ」
「……何者だ?」と男は構えを取ったまま尋ねた。

「どうでもいいじゃねえか。それよりよ、こんな話を聞いた事はねえかい。未だ極指拳の奥義を極めた者はおらず。極めた者は触れずして相手の命を奪う」
「それがどうした」
「ところが一人だけその奥義を極めた者がいる。いや、実際には相手に触れているんだが、その速さが目にも止まらないので、触れていないようにしか見えない。張先生は仕方なくその男を奥義伝承者と認めたって話だ」
「てめえそんな話まで――てえ事は、てめえ、いや、あんたが『瞬速のコメッティーノ』?」
「ふふふ、試してみるかい?」
 コメッティーノが構えを取った。男はびくっと震えたがすぐに構えを取り直し、ゆっくりと地面に倒れた。

 
「やい、オチョワ」
 意識を取り戻した男が子分を叱りつけた。
「何で始めに言わねえんだ。コメッティーノの兄貴が来たと」
「いや、だって」
 オチョワは泣きそうな顔になっていた。
「この鳥の巣、いえ、こちらが名乗らなかったから」
「どうでもいいだろ」とコメッティーノは笑いながら言った。「で、おめえの名前は何て言うんだい?」
「はい、ルカレッリっていうけちな男です」
「そうかい。張先生はなかなか弟子を取らねえ人だから、相当の腕だろう。で、張先生はどうしてる?」
「おれは数年前に色々あって道場を出ちまって、こんなギャングのボスみてえな真似をやってます。最近のモータータウンは物騒で簡単には入れねえし、どうされてるんですかねえ」
「何だよ、わかんねえのかよ……心配だな、年も年だしな。よし、ヌエヴァポルトに行った後はモータータウンに行くぞ。いいな、ルカレッリ」
「はい、兄貴の仰せであれば」
「よし、まずはヌエヴァポルトだ――おれとお前だけでいいな。後の奴らには留守番させておけよ」
「はい……いいかおめえら。どんな事でもいい。モータータウンの情報を集めとけ。おれはこれからコメッティーノの兄貴とヌエヴァポルトに向かう」

 

 6.4.4.3. ネボラ10日 夜

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