6.4.4.1. 連邦軍集結

 6.4.4.2. ネボラ10日

1 連邦軍集結

 《巨大な星》に近い宇宙空間が集合場所だった。ゼクトの旗艦にコメッティーノ、リチャード、リン、水牙、ホルクロフト、オサーリオ、オンディヌ、シルフィがいた。

「まずはここまでご苦労さん」
 コメッティーノが皆をねぎらった。
「こっからがいよいよ本番だ。長くて辛い戦いになるが言いたい事は一つ――帝国が成立した時、大帝は極力、血を流さなかった。だから同じように連邦の手で血を流さずに《巨大な星》を解放したいが、マンスールみてえな邪道の手合いは別だ」
「そうだな」とホルクロフトが渋い声で言った。「連邦の戦略に感謝するしかない。こうして我々がすぐに連邦員として働けるのも、無益な戦いを避けてくれたおかげだ」
「うむ」とオサーリオが同意した。長身にあごひげをたくわえた意志の強そうな男だった。「わしの部隊も連邦とは戦いたくないと言っていた。戦いたくない者を無理矢理戦闘に巻き込まないで済んだのは幸運だ」

「オサーリオは会うのが初めてだったよな」とコメッティーノが言った。「こいつが『銀河の運命を変える男』、リンだ」
「おお、数々の奇跡を起こすという青年か。もっとごついと思っていたが、ちゃんと飯は食っているか。わしらはどちらかと言えば集団戦が中心。なかなか一緒に戦う機会はないなあ」
「で、お二人さんよ。マンスールに実権が移ってからのこの星の状況を簡単に説明しちゃくれねえか」
「うむ、リチャードにはあらかた話したが」と言ってホルクロフトが話し始めた。

 
 三か月ほど前、《青の星》の電撃訪問から戻った大帝は正式に帝国の首都機能を《虚栄の星》に遷し、目が届かなくなる《巨大な星》方面の統治をマンスールに委ねると発表した。
 私とオサーリオ、ジョンストンの帝国最古参の三名は前もって大帝の真意を聞いていたので、静観を決め込んだ。

 マンスールが手始めにやったのは、白亜宮の大階段に聖サフィから始まる歴代の銀河の偉人たちの巨大な石像を並べた事だった。
 大帝が王宮造営に関して最も嫌った華美に走った装飾に真っ先に手をつけたのだな。一応、大帝の石像が階段の最上部には位置していたが、星を統治する自分はもっと上だという意志表示なのだろう。
 と同時に、それまで住民に開放されていた王宮が立入禁止となった。
 さすがに私たちもこれには抗議をしたが、中でもアダニア派の新しい指導者、ワット枢機卿は激しく糾弾した。
 これに対してマンスールは、私とオサーリオが軍務で星を離れた時を狙って、星の治安維持を担っていたジョンストンを更迭し、私たちの家族を軟禁に近い監視状態に置いたのだ。
 更に一連の処置に直談判を申し出た若手のシェイ将軍を反逆罪の疑いで捕え、ボンボネラ収容所に送った。同じく若手のバゴン将軍はかろうじて追手から逃れ、未だに行方不明らしい。
 私たちも今、星に戻れば即座に捕縛されるだろう――

 
「そりゃひどいな」とコメッティーノが言った。「お二方の家はどこだい?」
「私の家は大陸の北西にあるフォローだ」とホルクロフトが答えた。
「わしはヌエヴァポルトの郊外だ」とオサーリオが答え、話の後を引き継いだ。

 
 マンスールは治安維持組織を再編した。これまで主たる都市に置かれていた治安維持隊を新たに秘密警察という名に変え、自分のお気に入りをその長に据え、暴力と恐怖による支配を始めたのだ。
 アダニア派本山のあるサディアヴィルのワット枢機卿も事実上の軟禁状態となり、ヌエヴァポルト、ダーラン、ホーリィプレイス、アンフィテアトルなどの大都市は言うに及ばず、ダグランド、フォローなどの中都市にも秘密警察の網を張り巡らせた。
 ネコンロ山の麓に広がっていたピエニオス商会、ケミラ工房、ソルバーロ社などが共同出資する工場を接収し、『ノーザン・ダイナスティ』という自分名義の会社にして、兵器研究を行わせた。
 そして極め付けは、ネコンロ山の頂上に立つ『錬金塔』だ。一月ほど前に忽然とその姿を現したらしいが、大気圏に入ってくる認証不可の飛行物体を全て撃ち落とす精度のレーザー砲を備えているという話だ――

 
「ふーん。軍には相手にされねえもんだから《巨大な星》にこもって、本土決戦か。自殺行為だな」とコメッティーノが言った。
「いや、現に我々はあの星に突入できないでいる。実際の性能はわからんが、十分な抑止力にはなっているぞ。それにマンスールが警察機能を強化した目的は住民の抑圧以外にもある」
「それは……まさか」
「そのまさかの人探しだ。連日躍起になっているが、そこさえ押さえられれば逆転は十分可能だと踏んでいるようだ」
「確かにな――今度はこちらの作戦を説明するよ。まずはこれを見てくれ」

 
 コメッティーノは偵察衛星の映像を皆に見せた。
「これが《巨大な星》の全景、銀河でも最大級の大きさだ。行った事がないのは……リンだけだな。おれやゼクト、水牙は若い頃に拳法の修行をしたから知らない訳じゃない」

 コメッティーノは映像を動かし始めた。
「で、段々大きくなる黒い点、モータータウンとホーリィプレイスの間のネコンロ山の山頂に立つのが錬金塔だ。ズームアップするぞ」

 映像は塔を大写しにしていったが、途中で映像はぷつりと途絶えた。
「ここまでだ。大気圏に突入してしばらくして衛星が撃ち落された。まあ、オサーリオの説明通り、大した性能だ。シップで真正面から突入すれば、皆、こうなっちまう――ホルクロフト、オサーリオ、何か追加情報はあるか?」
「うむ」とホルクロフトが言った。「錬金塔はその名の通り、我々の科学文明とは異なるものによって維持されているらしい」
「何だそりゃ」とコメッティーノが尋ねた。
「詳細は不明だ」とオサーリオが続けた。「『錬金建築』と呼ばれている事しかわからない。建設に関わった人間は皆消されたらしい」

 
「作戦を伝えるぜ」とコメッティーノが言った。「錬金建築だか何だか知らねえが、とにかくまずはこの塔を破壊する。レーザー網に引っかからないで《巨大な星》に接近できる奴が潜入すりゃいいんだ。まずは水牙、クラウド・シップでぶ厚く雲を張ればどうにかなるはずだ。それからリン、おめえは、自然で気配を消して潜入しろよ。後はおれだ、おれのスピードがあればさすがのレーザーでも捕捉し切れねえ」

「コメッティーノ」とリチャードが言った。「私も行くぞ」
「えっ、どうやって侵入するんだよ」
「オンディヌに『水鏡』を使ってもらう」
「リチャード」とオンディヌが心配そうに言った。「あの術は行き先の具体的な、しかも鏡のある場所のイメージが必要よ。それができないと次元の狭間行きだけど大丈夫?」
「ああ、帝国にいた頃に長逗留した宿屋がある。そこの鏡のある場所の景色はしっかりと頭に入っている」
「しょうがねえなあ」とコメッティーノがしぶしぶ言った。「まあ、リチャードも行ってくれれば心強いけどな」

「それなら自分も行こう」とゼクトが口を開いた。「修行した道場のイメージがまだ残っているぞ」
「ちょっと待って。一回実行したら次は二、三日後じゃないと無理よ」
「ゼクト、おめえは第二弾で来いや」とコメッティーノが言った。「それ以上やるとオンディヌが死んじまう。皆、行きてえだろうが、潜入するのはこれだけだ。後は塔を破壊した後で大挙して乗り込んでくれ」

「コメッティーノ」とホルクロフトが言った。「どのくらいの期間をかけて塔を破壊するつもりだ?」
「そんなに時間はかけたくねえ。今日はネボラの10日だから、月末の20日かオーラの1日までにはどうにかしたいな。ただ、できるだけポータバインドの使用は控えてくれ。どうせ傍受とかしてんだろうしな」

 
「他に質問あるか?」とコメッティーノが言った。
「シェイが心配だ。ボンボネラに囚われているらしいが、早く救出しないと」とオサーリオが心配そうに言った。
「ならば某が向かおう」と水牙が言った。「シェイ将軍とは刃を交えた仲。他人事とは思えん。某はボンボネラ収容所に近い大陸の南ショコノに侵入する」

「私は北西だ」とリチャードが言った。「私が行く宿屋は大陸の北西フォローの町。オサーリオ将軍のご家族を救い出そう」

「おれは」とコメッティーノが言った。「ゼクトはモータータウンだろうから東を目指そう。ヌエヴァポルトあたりだな。ホルクロフト、あんたの家族は心配しなくていいぜ。リンは残った西だ。ダーランっていうでかい町があるからそこに行くのがいいや」

「ホルクロフトとオサーリオは船団を率いてネボラの20日にまたここに来てくれ。それまでは奪還した星の帝国残党を討伐しといてくれよ――オンディヌとシルフィはどうする?」
「私たちは『水鏡』を完了させるまではここにいるけど……その後は自分たちの秘密を探りたいの。ここから先の《火山の星》に行こうと思ってる。私情を優先させて申し訳ないんだけど」
「いや、今まで付き合ってくれて感謝してるぜ。こっから先は自分たちの事を考えなよ」とコメッティーノが微笑んだ。

 

 6.4.4.2. ネボラ10日

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