7.2. Story 7 母なる守り人

 Story 8 南へ西へ

1 遠野

 セキと明海はヌエの案内で遠野に向かった。
 途中でもえからヴィジョンが入った。夏休みになったらインプリントすると言っていたので、いつの間にか時が過ぎていた事になる。
 セキが京都で鬼を退治して以来、東京は平穏を保っているようだった。もえは空間に映ったヌエの姿を見て「ずいぶん大きなむく犬」と言って笑った。

 ヌエは嬉しそうに山を駆け登り、異次元への道を進んだ。大きな砦の入口で一声鳴くと、砦の門がゆっくりと開いた。
 セキたちは砦の中に入った。様々な花の咲き乱れる道を歩きながらセキが明海に話しかけた。
「明海はここに来るの初めて?」
「ええ、始宙摩と同じように結界で守られているとは。気がつかなかった」
「ヌエはずいぶんはしゃいでるね」
(千年ぶりだ、ここに戻ってくるのは――)

 
 砦の一番奥の屋敷の一段高い所に二人の和服姿の女性がいた。姉妹だろうか、凛とした美しい女性が真ん中、その隣にはこれも美しい若い女性が座っていた。
「ようやく来たわね。待っていたのよ」
「あなたは?」とセキが尋ねた。
「私はコザサ、隣にいるのがシメノ、あなたの父、リンの母に当たる方」
「えっ、って事は僕のばあちゃん」と言ってセキはシメノをまじまじと見た。「うそだぁ。こんなに若いおばあちゃんがいる訳ない」
「ヌエ、お前から説明してやってくれんか」
(なあ、セキ。『山の人』は普通じゃねえんだ。物凄く長生きだし、おそろしく年を取らない。だからこの人はきっとお前のばあちゃんだ)

「山の人……ずっとここに住んでるんですか?」
「セキ、それについては私が」と明海が言った。「山の人は時の朝廷に追われるようにして千年以上前にここに砦を開いた。以来、ずっとこの地で暮らしている」
「じゃあ何で僕のじいちゃん、文月源蔵が?」
「セキ」とシメノが若々しい声で答えた。「源蔵が失意の内に遠野にきた話はご存じ?」

「うん、沙耶香母さんの父さん、大帝が事故に遭った、その後でしょ?」
「ある方が伝えてくれたの。源蔵が山中を彷徨っている、この機会を逃せば千年の悲願が水泡に帰してしまうと。そこで急いで源蔵を砦に引き入れた。そして生まれたのがあなたの父、リンだった」
「千年?」
「気にしなくていいわ」

「ばあちゃんは父さんに会ったの?」
「二十年前の戦いの決着が付いた後、ふらっと訪ねてきたわ」
「父さんは何も教えてくれなかったよ」
「まだその時期ではないと思ったからでしょう」
「じゃあ今が――」
「そう、今がその時。ここからはコザサ姉様が」とシメノが言ってコザサが話し出した。

 
「セキ、鬼がその剣について何か言っておらなかったか?」
「言ってた。『その剣を持ってるのに味方しないのか』みたいな事」
「鬼とは本来『奉ろわぬ民』、そしてその剣もまた奉ろわぬ民の英雄の得物。鬼どもはそなたに期待したのであろうな」
「ま、まつろわぬ?」
「朝廷に従わなかった者。恨みを抱いた者。鬼となった者もいれば、我らのように山に隠れ住んだ者もいた」

「ちょっと待って。それじゃあこの山の人たち、ううん、僕は鬼の仲間?」
「元はね。でもサワラビがノカーノとローチェを受け入れた事により空気が変わった。サワラビが死ぬ前にヌエに都を襲わせた事もあったが、そこにいる明海の師、空海の説得により我らは生まれ変わった。今の我らは『国を見守る者』」
「見守る?」
「そう。恨みで行動するのではなく、この国の将来を案じ、行動する。そして今この最大の危機に呼びかけに応じてお前が来た」
「何のために?」
「不可解な力により全国の魔が蘇ったが、鬼たちのように表立った恨みよりも裏に籠った恨みの方が恐ろしい。ここ東北の奉ろわぬ者の恨みを鎮めるためには、その『鎮山の剣』を元の場所に返すしか方法がない」

 
「それだったら喜んで」と言ってセキは剣を背中からはずした。「でも他の地方にもまつろわぬ民はいるって事?」
「ここよりさらに北、そして諏訪には我らが説得に赴く。西の大宰府は大海に行ってもらうとして他は難儀だな」
「その件については」と明海が言った。「御師より伝えるよう申し付かってきました。『退魔の鐘』を鳴らした事により、西の奉ろわぬ者たちはこれに従うであろうと」
「なるほど。大海、只者ではないわ。鐘の音によってヌエを改心させただけでなく、西の各地に従わざるを得ない空気を醸し出すとは」
「強硬派の矢倉衆も今は動くまいというのが御師の見方です」

「それで安心した。ではセキ、お前は今一度東京に戻り、関東の奉ろわぬ者に会うのだ。遠野の山の民が本気だというのを見せれば、その怒りは収まるはずだ」
「セキ、心配には及ばない」と明海が口を開いた。「私が手順を知っている」
「そして最後は出雲。そこで神が御隠れになっていなければこの国は安泰。お前のこの国での仕事は終わり、ただちに大陸に渡るのだ。お前の兄が待っておる」

 
(コザサさん。おれはセキと一緒に行ってもいいよな?)
 ヌエの言葉にコザサはにやりと笑った。
「ここは退屈か。良いのではないか。それよりもお前、その腹中の剣をセキに渡したらどうだ。セキは得物がなくなる」
(ああ、そうか)
 ヌエはそう言って口から一振りの剣を吐き出した。
(お前にやるよ。この剣は『焔(ほむら)の剣』、元々はサフィが持ってたっていう大層な代物だ)

 
 セキは『鎮山の剣』をコザサに渡し、代わりにヌエから『焔の剣』を受け取った。
「その剣がお前の求めるものかどうかは知らんが、サフィの剣であれば重宝するはずだ――さて、何か質問は?」
「あの、今度は兄妹皆連れてきてもいいかな?」
「構わん。ここはお前たちの故郷――何、我らもこの戦いが終わった暁には変わらねばと思っていたのだ。外からの刺激は大歓迎だ」
「同様の事を師、大海も言っておりました。『この戦いが終われば世界が変わる。外に出ていかねばならぬ』と」
「我らの務めは終わりに近付いているという事だ」

 コザサはそれだけ言って剣を奉納しに出ていった。後を追おうとしたシメノがセキに言った。
「リンの事は心配ないわ。とても大切な任務にかかりっきりで帰ってこられないけど元気なはずよ」
「ううん、心配してないよ。母さんたちも誰一人心配してないし」
「よくできた母親たちね。何かあったら来なさいね。力になってあげるから」
「ありがとう。ばあちゃん」

 セキたちは砦の外に出た。砦の中から強烈な白い光が立ち昇って見えたのは『鎮山の剣』を然るべき場所に安置したためだろう。これで東北の奉ろわぬ者は安らかになるはずだった。
 明海がセキに言った。
「さて、東京に戻ろうか」

 

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