7.2. Story 6 北の異変

 Story 7 母なる守り人

1 怪人

 夏だというのに足元から冷気が這い上ってくる。
 永久凍土の大地に足を踏み入れた最初の印象だった。

 
 ノースAの魔物に当たっていた茶々は行動を共にする麗泉と別れ、くれないと一緒に北上した。
 魔物を倒しながらひたすら北を目指す茶々とくれないは、針葉樹と氷に覆われた湖の村の近くで世界中を飛び回るロクに再会した。

「ロク、どうした?」
「二人を迎えに来たんだ」
「どこだ?」
「『大洋』だよ。ヘキとむらさきが先に向かってる」
「サウスAは片付いたのか?」
「うん、それで『大洋』まで送っていった」
「他の連中は?」
「セキもコウも着々と魔物を殲滅してるし、ハクとコクもオリジンからウエストに移動中。サウスAを片付けたヘキからヘルプが入ったんだ。『大洋』は広過ぎるんで人手が欲しいって」

「なるほどな。こっちもあらかた片付いたし、くれない、お前はヘキの所に行ってこいよ」
「ボク一人。茶々はどうするの?」

 
「ちょっと気になる事があってよ」
「気になる事?」
「今回、情報収集のためにオレは『草』を全世界に配置した。全世界をカバーするには人数が足りないもんで本来はオレの護衛の役目の荊と葎もノースAに置いてきたくらいだ」
「茶々は荊や葎と仲良しなのに淋しいよね」
「まあな、でも全員が定期的にオレに連絡をする仕組みになってるから心配はない」
「えっ、全員?」
「実際には『草』から頭領、頭領から目付、目付からオレへの連絡だ。今、この星にいる目付は蔵(ぞう)と英(はなぶさ)、それに菩(ぼ)の三人だけだからそんなに手間じゃねえ」

「へえ。システマティック」
「ところが菩に連絡を入れるはずの芒(ぼう)、薄(はく)、若(じゃく)からの連絡がここ数日途絶えてる」
「その三人の配置された場所は?」
「こっから西、大陸の方のノースだ。だからオレはこのまんま西に抜けてノースの地に入る。ロク、問題はねえよな?」

「大丈夫。元々、大陸は後回しにしていたし、ノースに行く人間は誰もいなかったから、茶々に行ってもらえると助かるよ」
「よし、決まりだ」
「えっ、ボクもそっちに――」
「だめだ。たまにはヘキの言う事を聞いてやれ。ドダラスの件で世話になったんだろ」
「わかったよ」

 
 くれないと別れた茶々は一人西の地、大陸の北方ノースを目指した。

 《巨大な星》の『隠れ里』という他者との交流のあまりない閉鎖的な空間で育った茶々にとって、《青の星》で異なる環境に触れるのは刺激的だった。
 元来一人が好きな茶々だったが、八人の兄妹たちと一緒に行動できるのは何よりも楽しかった。

 ロクに依頼をされた時に、くれないと一緒に出掛けたかったのは事実だ。
 だが嫌な予感を拭い去るのが先決だ。
 ノースに渡った三名にただならぬ事が起こったのではないか、それを確かめるのが首領である自分の務めだと考えた。

 
「しかしこんな場所にも人は住んでるんだな」
 時折視界に入ってはすぐに消えていく小さな村々を見て茶々は思った。

 『草』と一緒だ。決して表舞台に出て華やかな脚光を浴びる事はない、里に生まれた者の宿命だった。
 茶々は何とかそれを変えたいと思ったが、頭の固い目付たちは表立って行動するのにいい顔をしなかった。
 自分たち若い世代が率先して行動し、硬直化した組織の殻を打ち破らないといけないと、同世代の荊や葎とは事ある毎に話をした。
 荊と葎にはしばらくケイジに密着してその精神を学べと言い伝えた。いつも二人に守られて行動するのは嫌だったし、彼らも自分とだけ接していては見聞が広められないと思ったからだ。

 『草』は目付、頭領と草、合わせて総勢二十名程度が来ていたが非常にバランスが取れた構成だと自負していた。
 ノースに向かった三名にしても、薄は偵察の専門、若は籠絡の訓練を受け、芒に至っては暗殺隊の一員だったので人員構成に問題はなかったはずだった。

 
 一日中走り続けてようやく踏みしめる大地の感触が変わった。さらに一日移動して最後に連絡があったエカテリンブルクという町に入った。
 街は平静を保っており、活気に溢れていた。カジノまである大都市で由緒ある建造物が多く見受けられた。

 茶々が聞き込みした結果、町に奇妙な目撃談が広まっているのがわかった。
 この町はかつての王政の最後の皇帝が暗殺された事で有名でその場所には新しい教会を建設中だったが、夜中になるとそこにありうべからざる人物の姿が幾度も見かけられたという話だった。
 その人物は王政下で暗躍したグリゴリー何某というらしかった。この星の歴史に疎い茶々にはその名前がどれほど衝撃的なのかぴんとこなかったが、何とも胡散臭い人物、しかも幽霊話なのでロロによって蘇った類の可能性が高かった。
「魔物というよりは魔人か。ロロの頭の中に浮かんだんだからロクなもんじゃねえだろう」

 更に調査を続け、男がある日を境に町から姿を消したのも確認した。それはちょうど草が連絡を絶った日と一致していた。
 その男の足取りを追ってみる必要がある――
 西に行けば王宮がある。そこまで行こうと茶々は決意を固めた。

 

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