7.2. Story 9 Ritual

 Story 10 約束の地

1 現れた幻の城

 ヘキはむらさき、くれないと共にロクのシップでウエストに渡った。
 ウエストはそれまでいたサウスAやパシフィックに比べると平穏に見えた。夜中に魔物が出現して街を破壊したり、巨大な蛇の化物が船の航行を妨害したりといった光景は見当たらなかった。
 ロクの話では国としての体制が崩壊した地域も多いと聞いていたが、英国、フランス、それにドイツはほぼ無傷だった。

 
 最初に着いたロンドンで国民を震え上がらせていたのは魔物ではなく、『切り裂きジャック』という復活した殺人鬼だった。
 そんな快楽殺人者にかまっている暇はない、ヘキは現場をくれないとチコの連邦軍に任せて本土に渡った。 

 パリで聞いたのは中欧の山間部で吸血鬼が蘇ったという話だった。
 また吸血鬼か――これは再度むらさきに片付けてもらう事にした。
 
 もう一つ、フランスとドイツの国境の山岳地帯に幻の城が出現したという話があり、ヘキはその話の真偽を確かめるため、そちらに向かった。
 むらさきと途中で別れ、ヘキは美しい森を越えて進んだ。

 
 非常に不思議な、それまで見た事のない光景だった。
 山の頂上には美しい白い古城が建っていたが、その城の近くの湖の畔にもう一つ、こちらは真っ黒な古城が建っているというよりは浮かんでいた。
 ヘキはごくりと喉を鳴らしてから黒い古城に近寄った。
 幻のように揺らめいて見える古城の跳ね橋が音も立てずに降りた。
 ヘキは静かに城の中に吸い込まれた。

 
 城で待っていたのは黒髪の男だった。
「ようこそ。リン文月の娘」
「あなた、誰?」
「これは失礼。私はマックスウェル、『異世界の大公』と呼ばれる者だ」
「……名前は聞いた事あるわ。『歴史の傍観者』が何の用なの?」
「私の事を知っていてくれて説明の手間が省ける。私が時々、こうしてこちらの世界にやって来る理由もわかるね?」
「退屈しのぎでしょ?」
「その通り。今、この星には荒療治が施されている。長い間にこびり付いた錆を落とすためとは言え、ずいぶんと思い切ったやり方に出たものだ」

「ねえ、大公。あたし、わからないんだけどご存じなら教えてほしいの。どうすればこの災厄は終息するのかしら?」
「私に物を尋ねるかね。まあいい、教えて上げよう。その前に今の君は違和感を抱えている。そうだね?」
「え、ええ。最初の内、これは本当におとぎ話とかに出てくる伝説の魔物が蘇った世界だから魔物のボスがどこかにいてそれを退治すれば終わりなのかと思ってた。でも途中から『何かが違う』、『別の恐ろしい事が始まろうとしている』と感じるようになったの」

「君のその感覚は正しい。この一件を起こした張本人のロロは非常に頭の良い男だ。派手な妖怪や魔物の類が世間を騒がせている理由は、本当に『蘇ってはいけないもの』が世界を恐慌に陥れるための準備の時間を稼がせるだけのものだ。そして、それは完成に近付こうとしている」
「……やっぱり。で、どこに行けばその『蘇ってはいけないもの』に会えるの?」
「このまま進めば自ずと出会う。君には頼りになる兄妹もいるではないか」
「……コウやセキ。東も関係してくる?」
「君の直感は馬鹿にならないな。これ以上色々言うと面白さが半減するのでもう何も言わないでおこう」
「ありがとう。ずいぶんと参考になったわ。本当はまだ言いたい事があるんでしょ?」

「――そこまで勘付くとは。真に会いたかったのは君ではない方の娘だがそれは後のお楽しみだ」

 
 大公が笑顔を見せた次の瞬間、ヘキは城の外にいた。跳ね橋は固く閉ざされ、もう中には入っていけそうもなかった。
 ヴィジョンが入った。『巡礼のディエム』にいるハクとコクからだった。ヘキはすぐにそちらに向かうと連絡してヴィジョンを切った。

 

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