ジウランの日記 (1)

20XX.5.27 読めない意図

 書斎に起こった大惨事をそのままにしてはおけないと思ったので、大森のアパートに帰らずにビーチハウスに泊まり、翌朝、改めて状況を確認した。
先週の台風による暴風雨のせいか、書斎の天井に穴が開き、そこから大量の書類がこぼれ落ちて、六畳の部屋は足の踏み場もないほどの紙束で覆われていた。
まさか天井裏に膨大な量のごみを隠していたとは。台風が来なくてもこれだけの量があったんじゃあ、いずれ天井は抜け落ちたろう。

 散乱したごみを片付けないといけなかったけど、文字通りの書類の山を前に途方に暮れた。じいちゃんは作家の真似事をしてたので下書きや参考資料とかだろうから、勝手に捨てるととんでもない目に遭わされそうだし、かといってこれだけの量を収納できるスペースは家の中に見当たらなかった。
思考が停止したままで何気なく近くにあった書類の一番上のページに目が止まった。白っぽい光沢のある不思議な材質の紙の上に英語の黒い文字でタイトルらしきものが刻印されていた。

 

 ナインライブズクロニクル――

 

 声に出して読んだ次の瞬間、部屋が強い光に包まれて何も見えなくなり、ようやく目が慣れると書斎の様子が一変していた。
多分、書類の総量は変わらなかっただろうが、乱雑に散らばっていた書類がなくなって、代わりにきれいに積まれた幾つかの小山ができ上がっていた、山の数は全部で八つ、俯瞰で見ると都市のジオラマみたいだった。

 ぼくは努めて驚かないようにした。
子供の頃からじいちゃんは色々と不思議な事をやってみせてくれた。銭湯の煙突に一瞬で駆け登ったり、手の中で生卵をゆで卵に変えたり。
いつだったか得意気な表情のじいちゃんに質問した事があった。

「わしは魔法使いだからな。お前には理解できんだろうよ」
子供だったぼくはじいちゃんは魔術師なんだと思った。でも成長してからは魔術師なんていない、これは手品と呼ばれる類のものだという結論に達した。
だからじいちゃんのやる不思議な事には何らかのネタがあるはずだったし、この一件を仕込んだ目的も「勝手に処分するんじゃないぞ」というじいちゃんからの無言の圧力だと理解した。

 何だか疲れた。とりあえず寝よう。そして起きてから書類の収納場所を考える。

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